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主に映画、ゲーム、同人誌の感想などをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、ここはいいトシしたおっさんのブログ。

「愛される映画館のつくりかた」「まちの映画館 踊るマサラシネマ」読了!

2024-05-28 23:50:05 | 映画感想
 先日めでたく発売され、トークイベントも開催された我らが塚口サンサン劇場初の本「まちの映画館 踊るマサラシネマ」。
 ならば感想も書かねばということで、今日の日記では同書の感想を書かせていただこうと思います。
 また、以前に関西の映画情報サイト「キネプレ」代表森田和幸氏が出された本「愛される映画館のつくりかた」の感想も合わせて書いていこうと思います。
 というわけで今回の日記は、映画の感想ではありませんが「映画感想」カテゴリで書かせていただきます。異論はなかろうて。
 
 まず「愛される映画館のつくりかた-塚口サンサン劇場の軌跡と奇跡-」の感想から。
 本書は2022年11月に映画情報サイト「キネプレ」から出版された、エッセイかつルポルタージュのような一冊。「まちの映画館」が戸村支配人という内部からの目でサンサン劇場について書かれた本だとするなら、こちらはキネプレさんという外部の目からサンサン劇場について書かれた本だと言えるでしょう。
 まえがきによれば、キネプレさんは10年以上に渡ってサンサン劇場に取材を行ったそう。本書では、その10年間の物語を全12章+αでまとめた内容となっています。 
 わたくし人形使いが初めてサンサン劇場に足を運んだのは忘れもしない2017年5月の「劇場版シドニアの騎士東亜重音6.1ch 重低音ウーハー上映」。
 ちょうど周辺の劇場で「劇場版シドニアの騎士」の上映が終わってしまっていたのでまだやっている劇場がないか探していたときに見つけたのがサンサン劇場でした。あとになってサンサン劇場では過去にあんな作品やこんな作イベントなどを行っていたことを知り、「もっと早くこの劇場を知っておけばよかった!」と思ったもの。
 本書はそんなサンサン劇場の歴史を映画サイトの目線で綴った一冊であり、はじめて足を運んだ時以前のサンサン劇場の歴史を知ることができる「サンサン劇場入門ガイド」とも呼べる内容となっています。
 サンサン劇場のファンの皆さんは、現在サンサン劇場に通っている人や最近知った人、昔から通っている人などなどさまざまでしょう。
 塚口サンサン劇場というを映画館を語る際に必ず上がる作品である「電人ザボーガー」の第1章からスタートしこれまでサンサン劇場が行ってきた様々な活動をたどり、戸村支配人と著者・森田氏とのコロナ禍をまたぐ2020年以降の展望を語る第12章で締める本書を読みながら、自分はサンサン劇場の歴史のどのタイミングにいたのかを確認してみるのも面白いかもしれません。
 この映画感想ブログでもたびたび書いていることですが、好きな映画は数あれど「映画館が好きになる」という経験をしたのはサンサン劇場が初めてです。なので本書は、その大好きな映画館であるサンサン劇場が、自分が知る以前にはどんな活動をしてきたのかを知る事ができる貴重な一冊と言えるでしょう。
 サンサン劇場に限らず、さまざまな活動というものはその活動が派手であればあるほどその舞台裏は目立たなくなり、注目されづらくなるもの。ともすればその活動の派手さだけが注目されるようになるもの。しかし本書では、前述の通り10年にわたって取材を続けてきたキネプレさんの視点から、その活動の舞台裏、換言すればサンサン劇場という映画館のスクリーンの裏側までもをわかりやすくまとめているのがありがたい。
 たとえば本書第3章「マサラ上映編」。サンサン劇場と言えば全国からファンが集まってくるマサラ上映が有名ですが、第3章ではそのマサラ上映の内容そのものだけでなく「なぜサンサン劇場はマサラ上映を続けてこれたのか?」という部分にも踏み込んで書かれています。その理由とて本書では、「天井の高さ」と「お客さんの行儀の良さ」を上げていました。この中でも「天井の高さ」についての記述には今まで考えもしなかったマサラ上映における解説されておりたいへん興味深く読ませていただきました。
 なんでも一般的なシネコンの場合は座席とスクリーンを限られた空間に収めるために天井は比較的低い事が多いのに対し、サンサン劇場の天井はそれよりも高いそう。これがどうサマラ上映のメリットとして機能するかと言うと、「映写の光が高い部分を通過するので観客が立ってもスクリーンに影がかからない」とのこと。
 わたくし人形使いは映画については多少の造詣はあるものの、「映画館という建物の構造」についてはまったく知らないので非常に興味深かったです。そういう側面でも現在のサンサン劇場は成るべくして成ったと言えるんだなあ……。
 しかるに本書は、これまでのサンサン劇場の歴史とともに、サンサン劇場の舞台裏を深く知るための手がかりとなる良書だったと言えるでしょう。
 
 続きまして今度は、サンサン劇場の戸村支配人自らが書かれた一冊「まちの映画館 踊るマサラシネマ」の感想を。
 本書もまた「愛される映画館のつくりかた」と同じく塚口サンサン劇場という映画館について書かれた本ですが、前述のとおりこちらは戸村支配人という内部の目から見たサンサン劇場のあれこれを記した本となっています。
 こちらの方は実際にサンサン劇場の企画・運営を行っている側である戸村支配人の手による本ということで、サンサン劇場のたどってきた歴史や舞台裏はもとより、戸村支配人がどのような思いや考えでサンサン劇場という映画館を運営してきたのかがよくわかる内容です。
 やはりここでもサンサン劇場の大きな転換期として「電人ザボーガー」の名前が上がっており、この作品がサンサン劇場の歴史において非常に重要なポジションであったことが伺い知れるというもの。
 また、従来一般的な上映方式であった35mmフィルムからデジタルフィルムへの転換、コロナ禍に伴う配信需要の急激な増加といったすべての映画館に大きな影響をもたらした出来事に対するサンサン劇場の、ひいては戸村支配人の考えや苦悩、そして生き残りのための戦略がつぶさに描かれており、いつも楽しんでいる上映の裏にはこんな考えがあったのか、こんな行動があったのか、と運営側ではない一般人の側からは普段見られない発見があって楽しめました。この感覚、なにか覚えがあるなーと思ってたらあれですよ、小学校の社会科見学ですよこれ。いつもは見られない働くおじさんたちの裏側を垣間見るあのイベント。ちょっとだけ自分の生きる社会の仕組みを垣間見ることができたあのイベントを思い出しました。
 第3章くらいまではやはりというか当然というか、コロナ禍の苦境の中でサンサン劇場が必死に生き残りをかけて戦ってきた空気が伝わってきて胸が苦しくなってきました。読んでる方がこれなので、実際にその苦境を経験されてきた戸村支配人とサンサン劇場の運営スタッフの方々の苦労は察するに余りあるものです。
 しかし第4章、サンサン劇場の歴史に燦然と輝くイベント「パシフィック・リム激闘上映会」のあたりから明らかに様子がおかしくなっていきます。
 
「今日は、勝てる!」
「私たち、ハエになってもいいですか!」
「そうだ! 焼印だ!」
「マッ怒」
「戦車作ろうと思うねん」「意味がわかりません」
「実は今度、『ガールズ&パ』」「あんこう鍋でしょ」
「2本足して5時間35分」
「法螺貝!! 来ました!!」
「飛べーーーーー!!」
「平成32年1月13日」
「曲がったきゅうり」
 
 ここほんとうに映画館?(いつもの)
 こうして改めて見直していくとサンサン劇場がいかにイカレた規格外の映画館かということを嫌が応にも思い知らされます。そもそも休館から復帰一発目に「死霊の盆踊り」と「プラン9フロムアウタースペース」を持ってくる映画館なんて全宇宙探してもここしかないです。
 思ったんですが、本書はいわば「塚口サンサン劇場」という作品のメイキング映像なんですよね。みんな大好きでしょメイキング。通常「結果」しか見られない我々が、サンサン劇場というエンターテイメントがどのようにして作られたのかという「過程」に触れることができるのが本書の醍醐味です。なお本書はNG集も兼ねているものとする。まあ塚口相手にNG云々言い始めたらキリがないしな……。
 個人的には塚口名物のひとつである段ボールアートの舞台裏や段ボール戦車の原型写真といったレア情報を見ることができたのが嬉しかったです。段ボールアートの制作風景はぜひとも「プロジェクトT」として映画化決定してほしい。
 手前味噌な話で恐縮なんですが、このブログを読んでくれていた塚口ファンの方から、「マサラ上映には参加できませんでしたが、このブログを読んで上映に参加した気分になれました」「マサラ上映未経験ですが、このブログで上映の雰囲気がわかりました」といったありがたいメッセージをいただくことがあります。
 それと同じように、本書を読んでいてまだサンサン劇場を知らなかった頃の様子や参加していなかったイベント上映の雰囲気を感じ取ることができました。
 
 本書を最後まで読んで感じたのは、「具体的目標を持った努力を続けることの困難さと大切さ」でした。
 困難な状況であればあるほど、人間というものは「一発逆転」を期待してしまうもの。しかし、困難状況が長期間に渡って続くと、状況は独力では解決不能なヤスパース言うところの限界状況となり、だんだん「ある日突然空から100億円降ってくる」というような非現実的な奇跡的解決を待つばかりになってしまいます。実際、コロナ禍が始まってからサンサン劇場に降り掛かった状況はまさにこの限界状況に近いものだったでしょう。
 そうなれば大抵の場合、選択肢は「非現実的な奇跡に期待する」か「すべてを諦める」かのどちらかになってしまうもの。しかしサンサン劇場はそのどちらも選ばなかった。
 「不断の努力」「地道な努力」と口で言うのは簡単です。しかし、そうした努力はしばしば限界状況下では具体的な方向性を持たない行動になってしまいがちです。無駄に自分を苦しめることばかりを努力だと勘違いして、「こんなに苦しんでいるのになぜうまくいかないのか?」と思った経験が自分にはあります。これは因果が逆で、「苦しんでいるからうまくいかない」んですよね。だって苦しんでいるだけだから。本書の特別対談における戸村支配人の言葉を借りれば、「下向いたところで人は来てくれないですし、武士は食わねど高楊枝みたいな、はったりでも空元気でもいいと思うんですよ。」(P.195~196)ということです。
 ちょうどこの文章を書いているときにtwitter(頑なにXとは呼ばない)で「SNSで『自分の作品なんて誰も見てくれない』とかネガティブなことばっかり言ってるとそりゃあ誰も見なくなるに決まってる」といった内容のツイートが流れてきたんですがまさにそのとおりですよね。
 「困難な状況に陥って落ち込む」というのは健全な行動であって立ち直るためには必要なプロセスではありますが、いつまでも延々とネガティブな状態でいたり、ネガティブさを四六時中周囲に撒き散らしているような人に人が集まってくるわけもありません。
 しかるにサンサン劇場では、コロナ禍によって閉館寸前に追い込まれた限界状況の中でも「映画を見るという『体験』を提供する」「番組編成をイベント化する」といった具体的目標を設定したうえでそれを実現するための適切かつ具体的な努力を重ねてきたことで窮地を脱したわけです。
 個人的には「努力」という言葉は具体性を持たない「とりあえず背負い込む苦労」みたいなイメージがあってあまり好きではないというかはっきり言って毛嫌いしてますが、本書に記されたサンサン劇場の行ってきた努力は言うまでもなく具体性と現実性を持った本身の努力です。これこそが本当に自分を救ってくれる努力なんだよなあ……。
 コロナ禍のことはもちろんのこと、コロナのことを抜きにしても困難な状況にある人はたくさんいると思います。そして、状況が困難であればあるほど適切な思考や行動ができなくなり、適切な思考や行動ができなくなれば状況が更に困難に……という悪循環に陥ってしまうもの。その点、本書はそういった限界状況の中で適切な努力を行うことの大切さを学べる一冊でした。
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