もうすぐ8月も終わり。幼少の砌はこの時期は夏の終わりを感じて寂しい気持ちになってたものですが、今のこのトシになって思うのは「もうすぐ紅楼夢か……」しかありません。もはや同人イベントでしか季節を感じられない体になってしまった……。
さておき、そんな中で非常に美しい季節感を感じられた作品を見てきました。
前作にあたる「ドロステのはてで僕ら」にて時間系SFの新機軸を見せてくれた劇団ヨーロッパ企画の長編第2弾である本作、劇団ヨーロッパ企画の作品と知ってから見よう見ようと思ってたんですが体調不良などで時期を逃してたところ、さすが俺たちの塚口、上映してくれるということで見てきました。
そもそも時間系SFは真正面からやろうとすると非常にハードルが高いんですよね。なぜなら基礎部分が強固で拡張性がほぼないから。
タイムトラベルやループといった基礎部分にはいじれる余地がないので、必然的に周辺部分をいじるしか差別化の方法がないわけです。ラーメンで言うなら麺とスープが完成されすぎてるので味をアレンジする余地がなく、せいぜいトッピングや器のデザインを変えるくらいしかできないといった感じでしょうか。
そこで「ドロステ」では「時間のズレと連続性を可視化する」というとんでもない偉業をブチかましてくれたわけです。ドラえもんもびっくりですよ。
そして本作、今回もまた「2分間がループする」という時間系SFということで非常に期待を上げまくって見に行ったわけですが……。
結論から言いますと、わたくし人形使い「そ……ッ そうきたかァ~~~ッッッ」と烈海王になってました。
いやーもう「突然2分間のループに巻き込まれる」というワンアイデアでここまで面白く、そして奥深くできるというのが本当にすごい。カンヌは上田誠監督に目をつけておくべきだと思います。
タイムループ自体は時間系SFのお約束のひとつであり珍しいものではありません。では本作をここまで面白くしているのはなにかというと「2分間という時間制限」そして「巻き込まれた人々全員がタイムループを自覚している」という点ですよ。
言われてみればけっこう意外なんですが、上記の特徴を持つタイムループものって今までにないんですよね。大抵のタイムループものは「主人公の死」がトリガーになっていることが多く、「決まった時間が経過すること」がトリガーとなっているというのは非常に斬新。「決まった期間をループする」というのはメジャーですが、2分間というごく短時間でループするというのはほかに類を見ない特徴です。
そして、同じく大抵のタイムループものではタイムループを経験・自覚しているのは主人公のみというのがお約束ですが、本作の「巻き込まれた人々全員がタイムループを自覚している」点が「2分間でループする」という設定と合わせて独特のドタバタコメディを成立させています。
本作はポスターや予告でコメディと言うことは言明されてましたが、そのコメディ部分が非常に面白い。
本作の舞台となるのは京都は貴船にある老舗旅館なんですが、ある瞬間から突然、旅館の従業員や宿泊客全員がタイムループを経験し始めます。
この原因不明のタイムループが突然始まったもんだから旅館の中は大混乱。鍋にかけた熱燗は熱くならない、いくら食べても〆の雑炊はなくならない、入浴中にタイムループが始まったので2分ごとに湯船に戻されるなどなどで客席からは笑いがこぼれていました。
特に入浴中にループに巻き込まれたおっさんが気の毒過ぎる。タオル一枚で出てきたので次のループで風呂場に閉じ込められるシーン好き。
登場人物は全員、2分経過するごとにループ開始時の位置に戻ってしまうので、協力して話し合おうにも集まるのに時間を食ったり、事態を説明しようにも余計な質問で時間を食って「ハイ次!」みたいになるのが、これまでのタイムループものにはない展開で楽しかったです。
そんなこんなで旅館の人々はなんとかループの原因を探し当ててループから脱出しようとするんですが、締め切り前の作家の先生が早々にループに順応してて笑えます。
そして、前述のとおり旅館の人々は全員ループの記憶を保持しています。それが前半部分ではコメディ要素として機能しているんですが、中盤からはループ中のトラブルや口論がだんだん悪化していき不穏な展開になっていく事態につながるのが設定を活かしてて実に上手い。終盤ではタイムループという異常事態にとうとう自殺者まで出てきてしまうという事態に。
この中盤から終盤のバランス感覚というか、不穏さとハッピーさの天秤にかけ方が非常に上手い。タイムループが引き起こす異常事態に振り回される人々を丁寧に描写したあとからの主人公であるミコトの、突然の「タイムループの原因は自分にある」発言から始まる中盤の展開は、破滅的エンドにつながる可能性も十分に匂わせるものでハラハラしながら見てました。
実はタイムループの原因はミコトではないんですが、彼女が「時間がこのままとどまっていてほしい」と思っていたことは事実。それどころか、旅館の従業員や宿泊客も大なり小なり同じ願望を抱いていたことが判明します。
そもそも創作作品というのは、古代から現代まで人類が普遍的に抱く愛憎をはじめとするさまざま感情をテーマにしたものなわけですが、ゲーテのファウストにおける「時間よ止まれ、汝は今美しい」にあるように、「時間がこのままとどまっていてほしい」もまた人類が抱く普遍的な感情であるなあと思います。特に日常的に締め切りに追われている同人作家にとっては「時間がこのままとどまっていてほしい」という感情は普遍的なものです。今まさに時間が止まってほしいと思ってるんだよ俺は!!!! 助けてッ!!! 10月のイベント用の原稿が全然進んでないの!!! もう8月が終わってしまう!!!!!
まあそうしたごく私的な感情はともかく、料理の修行のためにフランスに行きたい=未来を指向しているタクと、タクと離れ離れになりたくなくここにとどまってほしい=現在に固執するミコトという中盤に置ける対置関係がこの作品のひとつの核なんじゃないでしょうかね。そこからのループの中=なかったことになってしまう時間の中だからこそ楽しめる二人だけの時間が、貴船の雪景色と相まってまた美しいんだよな。
そしてこのタイムループの本当の原因はある意味ズッコケな感じではあるというかこの展開ドロステでもあったよなこれ。
この令和の世によもや「タイムパトロール」なんてワードがまた出てくるなんて読めなかったこの海のリハクの目を持ってしても。
しかし、この最終的に登場人物全員が協力して事態解決のために文字通り奔走するというラストの展開、本当に良かった。そもそも本作も登場人物は個性的で、誰も彼もがこの2分間のループを36回も繰り返していく中でぶつかり合いさまざまなトラブルを引き起こしながら、文字通りそれぞれの時間を動かしていく=現状から脱却して未来を志向するようになる、要するに前向きになっていくのがいいんだ……。
本作を見終わった後、わたくし人形使いの胸中には「面白かった」でも「素晴らしかった」でもなく「好き!!」という感情が湧き上がってきました。
これだけ素直に「好き」という感情が身のうちから湧いてきたのは非常に、極めて珍しいことで自分でも戸惑うほど。このラスト、すべての謎が解けるカタルシスと不満や停滞を抱えていた人々が再び前を向くようになるという前向きな展開がほんとうにいいんだ……。さらに言うなら掘っ立て小屋みたいなデザインのタイムマシンも良いんだ……。
特に好きなのは作家先生のオバタさんですよ。作家特有のネジの外れ方が好き。そりゃあなかったことになるなら障子紙を破りたくなる気持ちは分かりますが、「死ぬのはどんな感じか知りたい」で投身自殺はやりすぎだろ露伴先生でももう少しためらうぞ。でもそれがきっかけで行き詰まってた執筆が進んだというのも実に作家らしい。
いやーしかし良かった。前述の通り本当に見終わった後に好きになれる作品でした。