今日は朝から熱気がこもるかのような、昨日に輪をかけた暑さになっています。一年で一番暑い頃合な訳ですから当然といえば当然なわけですが、さすがにこう暑いと思考力も何も明らかに衰えてしまっているのが自覚されます。このままでは、いつもどおり昼下がりから夜にかけて更新をかけようとしても支離滅裂な話になりかねないので、今日はまだしも頭の回る朝から今日の連載分を綴ってみました。多分内容破綻はしていないとは思いますが、来週読み返して、さてこれでどう次につなげよう? と悩みを深めるようなことになっていないか、と少々心配ではあります。まあ前置きはこれくらいにして、PCが熱暴走する前にアップを片付けるといたしましょう。
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程なく車は、「賽の河原」と看板の立った所まで戻ってきた。青森市からの一本道で、さっきの「中の森」同様、駐車スペースなどはない。榊はなるべく車を端に寄せて停めたが、上下線から同時に複数の車がやってきたら少々困ることになるだろう。だが、今、車を降りて円光の指差す先を見下ろした榊には、車道の通行を気にする余裕は消し飛んでいた。
「本当にこんな先に彼がいるのかね?」
榊が躊躇うのも無理はなかった。円光が指差すその「道」は、到底道とは言い難い、灌木生い茂る「崖」であった。もちろん車では行けないし、徒歩でも果たして無事歩いて降りられるかどうか判らない。そんな榊の躊躇いに気づかないのか、円光は平然と言った。
「この下に駒込川が流れており申す。その流れまで降り、川に沿って行くと大滝平というところに出る。恐らく朝倉殿は、そのあたりにいるはず」
「円光さんの言う通りです。今さっき発信機が反応を返してきたんですが、やはり彼がその大滝平付近にいることを示していますよ」
「じゃあ行きましょう!」
麗夢が決然として言い放つと、早速アルファ、ベータが灌木の中に駆け込んだ。
「ま、待ってください! 麗夢さん、その格好でこの中を突っ切るお積もりですか?」
麗夢はトレードマークとも言うべきいつものミニスカート姿だった。町中ならともかく、大胆にふくらはぎから太股までが露出したその姿は、とても山の中に分け入る格好とは思えない。榊が慌てて制止すると、アルファ、ベータが立ち止まって振り返り、円光と鬼童は口々に麗夢に言った。
「麗夢殿はしばしここで待たれよ。拙僧が行って朝倉殿を連れて参る」
「そうですよ麗夢さん。そんな格好で下までおりようとしたら、足が傷だらけになってしまいますよ」
しかし麗夢は、心配は無用と言い切った。
「でも、ここまで来たら下に何があるか判らないわ。何だか、とってもイヤな予感がするの」
「それ故拙僧が・・・」
「私もいきます!」
麗夢ははっきり宣言すると、率先して先を行くアルファ、ベータの後を追って崖に向かった。さすがにこうなってはその足をとどめるわけにも行かない。円光は鬼童、榊と目配せすると、一向に告げた。
「では拙僧が先頭を引き受け道を開きましょう。その後を榊殿、鬼童殿が続き、麗夢殿は一番最後に我々が開いた道をお伝いなされ」
「判ったわ」
「恐らく上から見ただけでは判らない崖などもあるはず。アルファ、ベータ、先導を頼むぞ」
「ニャン!」
「ワンワン!」
円光の言葉に、アルファ、ベータも喜び勇んで再び鼻面を崖に向けた。
「では参ろう」
「お、おう!」
円光のかけ声に、榊が緊張の面もちで返事する。鬼童は後ろを振り返ると、笑顔で声をかけた。
「麗夢さん、足元にはくれぐれも気を付けて」
「鬼童さんこそ、はぐれないように気を付けなくちゃ」
円光は修行僧として道無き野山を駆け回るのに慣れている。榊も基本的に肉体派の、足で稼ぐタイプの警察官だ。対して鬼童は、あまり運動が得意そうには見えない上、普段のスーツ姿に革靴といういでたちでは、円光、榊の背中を追いかけるだけでも大変だろう。鬼童はそんな麗夢の気遣いに苦笑いして前を向き、今にも灌木の中に消える二人のがっしりした背中を追いかけた。麗夢も「よしっ」と気合を入れると、鬼童の後を追って、3人の男によって啓開された道無き道に踏み込んだ。普段履きの赤い靴底が、水平のアスファルトから突然変じた急傾斜の土と石にたちまち不安定に滑った。麗夢は行く手を遮る灌木の幹に手をかけて今にも転げ落ちそうな身体を支えながら、見え隠れする3人の姿を必死で追った。追いながらも頭をよぎるのは、朝倉を次々とかつての青森第5連隊の遭難通りにつれ回す、未知なる相手の存在であった。
(誰が朝倉さんをこんな所まで誘いだしたのかしら。全然そんなそぶりも見えなかったのに、一体何故そんなことを・・・)
麗夢は事の初めから何となく感じていた不安が、とうとう現実に形となって現れたことに舌打ちを禁じ得なかった。どうして事ここに至るまでにはっきりと感じ取ることができなかったのか。いや、今この段階に来ても、実際には相手の正体や目的はおろか、その存在の気配すら探知することがかなわないでいるのだ。これまで数多の夢魔や人外の者共を相手に戦ってきた麗夢だったが、ここまで相手の存在感が希薄な事例はおよそ記憶にない初めての経験であった。余程気配を隠すのがうまいのか、あるいは遠隔操作などの能力に長けているのか。いずれにしても、一筋縄でいく相手でないことだけは確かである。
(とにかく気を引き締めてかからないと)
灌木生い茂る崖はどこまでも深く、麗夢達を地獄の底まで誘うように、不気味な静けさのうちに一行を呑み込んでいった。
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程なく車は、「賽の河原」と看板の立った所まで戻ってきた。青森市からの一本道で、さっきの「中の森」同様、駐車スペースなどはない。榊はなるべく車を端に寄せて停めたが、上下線から同時に複数の車がやってきたら少々困ることになるだろう。だが、今、車を降りて円光の指差す先を見下ろした榊には、車道の通行を気にする余裕は消し飛んでいた。
「本当にこんな先に彼がいるのかね?」
榊が躊躇うのも無理はなかった。円光が指差すその「道」は、到底道とは言い難い、灌木生い茂る「崖」であった。もちろん車では行けないし、徒歩でも果たして無事歩いて降りられるかどうか判らない。そんな榊の躊躇いに気づかないのか、円光は平然と言った。
「この下に駒込川が流れており申す。その流れまで降り、川に沿って行くと大滝平というところに出る。恐らく朝倉殿は、そのあたりにいるはず」
「円光さんの言う通りです。今さっき発信機が反応を返してきたんですが、やはり彼がその大滝平付近にいることを示していますよ」
「じゃあ行きましょう!」
麗夢が決然として言い放つと、早速アルファ、ベータが灌木の中に駆け込んだ。
「ま、待ってください! 麗夢さん、その格好でこの中を突っ切るお積もりですか?」
麗夢はトレードマークとも言うべきいつものミニスカート姿だった。町中ならともかく、大胆にふくらはぎから太股までが露出したその姿は、とても山の中に分け入る格好とは思えない。榊が慌てて制止すると、アルファ、ベータが立ち止まって振り返り、円光と鬼童は口々に麗夢に言った。
「麗夢殿はしばしここで待たれよ。拙僧が行って朝倉殿を連れて参る」
「そうですよ麗夢さん。そんな格好で下までおりようとしたら、足が傷だらけになってしまいますよ」
しかし麗夢は、心配は無用と言い切った。
「でも、ここまで来たら下に何があるか判らないわ。何だか、とってもイヤな予感がするの」
「それ故拙僧が・・・」
「私もいきます!」
麗夢ははっきり宣言すると、率先して先を行くアルファ、ベータの後を追って崖に向かった。さすがにこうなってはその足をとどめるわけにも行かない。円光は鬼童、榊と目配せすると、一向に告げた。
「では拙僧が先頭を引き受け道を開きましょう。その後を榊殿、鬼童殿が続き、麗夢殿は一番最後に我々が開いた道をお伝いなされ」
「判ったわ」
「恐らく上から見ただけでは判らない崖などもあるはず。アルファ、ベータ、先導を頼むぞ」
「ニャン!」
「ワンワン!」
円光の言葉に、アルファ、ベータも喜び勇んで再び鼻面を崖に向けた。
「では参ろう」
「お、おう!」
円光のかけ声に、榊が緊張の面もちで返事する。鬼童は後ろを振り返ると、笑顔で声をかけた。
「麗夢さん、足元にはくれぐれも気を付けて」
「鬼童さんこそ、はぐれないように気を付けなくちゃ」
円光は修行僧として道無き野山を駆け回るのに慣れている。榊も基本的に肉体派の、足で稼ぐタイプの警察官だ。対して鬼童は、あまり運動が得意そうには見えない上、普段のスーツ姿に革靴といういでたちでは、円光、榊の背中を追いかけるだけでも大変だろう。鬼童はそんな麗夢の気遣いに苦笑いして前を向き、今にも灌木の中に消える二人のがっしりした背中を追いかけた。麗夢も「よしっ」と気合を入れると、鬼童の後を追って、3人の男によって啓開された道無き道に踏み込んだ。普段履きの赤い靴底が、水平のアスファルトから突然変じた急傾斜の土と石にたちまち不安定に滑った。麗夢は行く手を遮る灌木の幹に手をかけて今にも転げ落ちそうな身体を支えながら、見え隠れする3人の姿を必死で追った。追いながらも頭をよぎるのは、朝倉を次々とかつての青森第5連隊の遭難通りにつれ回す、未知なる相手の存在であった。
(誰が朝倉さんをこんな所まで誘いだしたのかしら。全然そんなそぶりも見えなかったのに、一体何故そんなことを・・・)
麗夢は事の初めから何となく感じていた不安が、とうとう現実に形となって現れたことに舌打ちを禁じ得なかった。どうして事ここに至るまでにはっきりと感じ取ることができなかったのか。いや、今この段階に来ても、実際には相手の正体や目的はおろか、その存在の気配すら探知することがかなわないでいるのだ。これまで数多の夢魔や人外の者共を相手に戦ってきた麗夢だったが、ここまで相手の存在感が希薄な事例はおよそ記憶にない初めての経験であった。余程気配を隠すのがうまいのか、あるいは遠隔操作などの能力に長けているのか。いずれにしても、一筋縄でいく相手でないことだけは確かである。
(とにかく気を引き締めてかからないと)
灌木生い茂る崖はどこまでも深く、麗夢達を地獄の底まで誘うように、不気味な静けさのうちに一行を呑み込んでいった。