かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その12

2008-08-24 16:29:20 | 麗夢小説 短編集
 夏コミ参加で結局一回抜かすことになってしまいました連載小説、今日から再スタートということで、ラストのクライマックスへ向けて動かして参りたいと思います。

--------------------以下本文-------------------------

「ふぎゃっ!」
 ずぼっと言う何とも言えない音を耳に残し、麗夢の視界が一瞬で白一色に塗り固められた。頬が、まるでかき氷かアイスクリームに触れたように異常な低温を感知してたちまち赤く染まっていき、掌にも、まさに氷その物を掴んだような、痺れる冷たさが知覚される。
(これって・・・雪?!)
 今の今まで、自分は円光を先頭に道無き山中を苦労して歩いていた。そして、よろけた鬼童を助けようとして飛びつき、勢い余って崖下に転落しようとしていたはずだった。体には、支えを失って自由落下するとき特有の、あの怖気を振るう浮遊感が、藪を分け入る強行軍の火照りと共に色濃く残っている。だが、それが消えるのは時間の問題であろう。まるで漫画のような人型の浅い穴にうつ伏せに倒れ込み、身体半分を包む形になっている白い悪魔達は、恐らく零下20℃以下という冷凍庫並みの低温で、麗夢の熱量をどん欲に蝕みつつあるからだ。
「アルファ! ベータ! みんないるの?!」
 麗夢は何とか手をついて立ち上がると、周囲を見回してできるだけ大声で呼びかけてみた。その声が、いつ果てるともなく吹き荒れる強烈な風にかき消され、無限の白い闇に吸い込まれていく。麗夢は、風にあおられ危うく斜面を転げ落ちそうになる身体を傍らの木で支えながら、はためくミニスカートを気にするいとまもなく、辺りの光景と気配に全神経を集中した。もしアルファ、ベータ、あるいは円光がいれば、たとえ彼らが気を失っていたとしても、まず確実に探知できる。だが、幾ら耳を澄まし、心を研ぎ澄ませてみても、頼りになる味方の気配は一向に探知できなかった。どうやら麗夢は一人、この白銀の地獄の夢に招待されたらしい。ただ、それにしても一つ疑問は残る。これは果たして、「夢」、なのだろうか?
 これが夢なら、この冷たさや寒さは幻覚としてシャットアウトすることができる。だが、万が一これが現実だった場合、それでなくても夏向きの軽装、それも山道を歩いて汗ばんだ身体では、ほんの数分もしないうちに体熱を失い、凍死への崖を転がり落ちるよりない。麗夢は間断無く襲ってくる寒気に身を震わせながらも、ようやくにして夢の波動の端緒を掴んだ。非常に希薄な、それでいて底知れない無限の力を隠し持っているかのように感じさせる夢の魔力。それは、この青森行全般を通じてそこはかとない不安を惹起させた、あの気配未満のなにか、に違いなかった。
(それにしても、このとんでもない現実感は何なの?)
 探知した夢の波動に合わせ、全身を蝕む幻覚から本体を隔離しようと麗夢の能力が無意識的に発動を始めている。だが、かつて朝倉の夢の中でやって見せたように、冷気その物を完全に遮断することができなかった。この幻覚の浸透力が異常に高く、麗夢一人では何とか凍傷にかかるのを防ぐ程度にしか無効化できないのである。
「寒い・・・」
 麗夢は少しでも寒気から逃れようと、樹にくっつくように風下側へと移動した。ここでアルファ、ベータか円光でもいれば、互いの力を補い合って、多分この幻覚にも対抗しうるであろうが、今は一人の力でできることをやるしかないのである。
 麗夢は、木陰で僅かに風が弱まったのにほっと一息つくと、改めて辺りの気配に探りを入れ、今度は朝倉を捜した。この夢を支配する相手はまだ不明ではあるが、その鍵は恐らく朝倉が握っているに違いない。円光や榊も朝倉を追っているはずであり、うまく行けば、朝倉を焦点にして再び彼らと合流することもかなうかも知れなかった。
 しばらく息を潜ませ、探りを入れるうちに、ようやくそれらしい気配が、この谷底から立ち上るのを麗夢はつかんだ。麗夢は意を決すると、暴風吹き荒れる雪と氷の斜面に足を踏み出した。
 夢の幻覚のかなりの部分を相殺しているとは言え、体感温度で言えば多分氷点下を上回ることのない寒さの中、麗夢は震えながら山を下り続けた。やがて、ごうごうと水音を轟かせる谷川の流れが、吹雪と木々の合間から見えてきた。駒込川の清流である。あちこちに小さな滝や瀬が存在する典型的な山中の渓流で、水量はそれ程でもないが、この寒さの中でも凍り付くこともなく、ひたすら青森湾目指して水の流れが続いている。だが、川縁など水の動きの鈍いところでは、水面に薄い氷の膜が張り、周辺の河原も、まるで氷でコーティングされたように、何もかもが雪と氷で覆われていた。麗夢はその流れを右手に見下ろしつつ、更に山道を降りていった。やがて、地響きのような水音が一段と大きくなるとともに、川の姿が見えなくなった。更に進むと、そこには大滝という、落差20mはあるちょっとした滝がかかり、幅30mにも達する大きな滝壺が、漫々と水を湛えているのが見えた。
「こっちだわ」
 麗夢は一言呟くと、滝を越えて更に下流へと足を向け、河原に降りる道を探した。朝倉の気配が近い。麗夢は更に気を済ませると、円光、そしてアルファ、ベータの気配がないか意識を集中しつつ、駒込川の河原へと降りていった。
コメント
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