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オール人力狙撃システム試作機

Terror of jurisdiction ― 司法権力が医療崩壊を加速する

2007年04月19日 20時56分53秒 | 法関係
これまで以上の訴訟社会の到来に備えておくべきなのであろうか。ありとあらゆる領域に、これまで以上に厳格な法の支配が及んで行く。「jurisdiction」は膨張し続ける。そこで哂うものは一体誰なのであろうか。

がんセンターの2医師、書類送検 手術で過失致死容疑(朝日新聞) - goo ニュース

(一部引用)

国立がんセンター中央病院(東京都中央区)で02年8月、子宮摘出手術を受けた都内の主婦(当時47)が手術中に大量出血して死亡した事故で、警視庁は、当時の執刀医(65)と麻酔医(44)を業務上過失致死の疑いで書類送検した。手術中の止血が不十分だったことなどが原因と判断した。




ちょっとズレてると思うが、例を考えてみる。

あなたが優秀なSWATの狙撃チームの一員であるとしよう。
射撃訓練では、99%が命中、ターゲットから3cm以内の着弾が95%という、素晴らしい成績の持ち主である。

とある事件があって、出動を命ぜられた。犯人が人質を取って、立て籠もっているという。犯人は「大量殺戮型殺人犯」に分類される凶悪犯で、解決方法の選択は「射殺」か、「射殺」以外である時には同じタイプの凶悪犯が街中にいるので少なくとも1千人が死亡するとしよう。射殺を諦めるという選択をすれば、「1千人が死ぬ」ということが判っているのである。

そこで隊長は「犯人射殺」を選択したとしよう。賢明な判断だ。あなたのような狙撃手の腕を持ってすれば、きっと犯人を射殺できるハズだ。観測手とペアで、あなたは犯人射殺のチャンスを待った。観測手は狙撃手と全く同じく見ることのできるスコープで、狙撃手に的確な指示を与えるためにいるのである。つまり狙撃は、観測手と狙撃手の二人三脚ということである。共同作業なのである。これまであたた方は一度も外したことのないペアだった。これまであなたが発射した全ての事件では、確実に犯人を射抜いてきたのだ。それ故、あなたと観測手には信頼関係があったし、外さないという自信もあった。

人質の影に隠れていた犯人が僅かな隙を見せた。あなたはチャンス到来と思ったはずだ。犯人が油断したその瞬間に、間髪入れず観測手も指令を発した。
「今だ。撃て!」
あなたは射撃訓練の時と変わらずに、冷静に引き金をゆっくりと引いた。スコープには人質の姿が大きく映っていたものの、スコープの中心に捉えた犯人の額を外すことなどないハズだ、と確信していた。それ故、観測手の発射指令に躊躇うことなく、引き金を引いたのだ。犯人射殺以外には解決手段などないのだから。罪もない人質を救出し、同様の凶悪犯を撲滅できるのは、「射殺」という選択をする以外にはないのだから。

次の瞬間、犯人の盾にされていた人質が大きく仰け反り、スコープから姿を消した。犯人は驚いて辺りを見回した後で、周囲の人質目がけて半狂乱になりながら銃を乱射した。人質は次々と撃たれて死亡した…。作戦は完全な失敗に終わった。95%成功率を誇る腕を持つ狙撃手でありながら、犯人射殺に失敗した上に、人質を無駄に死なせてしまったのだ。

この作戦から署に帰ると、刑事課長が待っていた。
「残念だが、お前を逮捕せねばならんのだ。悪いな、これも法律で決められているからな。業務上過失致死罪ってヤツだ。狙撃手と一緒に発射指令を出した観測手も逮捕だ。」
「何だって?何故なんだ!観測手も一緒とはどういうことだ?」
「失敗することが予期できたのに、お前の射撃を止めなかったってことだよ。」
「そ、そんな…」
「お前と観測手は同罪なのさ。これも法の掟なのだから仕方あるまい。」
・・・・・・

この狙撃は条件が悪かった。訓練では300mからの射撃であったが、今回は500mと厳しい条件だった。勿論、これまで同じ距離とか、それ以上からの距離であっても狙撃は何度も成功させてきた。だから、「きっとやれる」と信じていたのだ。けれども、距離が遠くなれば僅かな誤差も命取りになりかねない。更に悪いことに、犯人は視野を遮る為にカーテンを引いており、狙撃手からはごく僅かな隙間しか狙えるポイントがなかった。もう1つ、犯人の盾となっていた人質が急に体の向きを変えてしまうとは到底予想できなかった。それまで観察していた間では、あれほど体を動かすことなどなかったからだ。これも判断ミスなのだ、と言われてしまえば、そうなのかもしれないのだが。こういういくつもの悪条件が重なり、一度も外したことのなかった弾道は、今回に限ってほんの僅かに逸れてしまい、人質の胸を貫通してしまったのだ。そうして最悪の結果を招いてしまった。

もしも、こういうケースを「狙撃しない」ということにするなら、もっとたくさんの命が奪われることになるだろう。同じようなケースにおいて、誰も引き金を引けなくなる。選択の余地はとても少ないのだ。射殺するか、他の命が奪われるのを覚悟で黙って見ているだけにするか、いずれかしかないのだ。今回、リスクを取って引き金を引いたことが、結果的には人質の死に繋がった。けれども、同じようなケースで失敗確率が5%である時、この5%を怖れて射殺を選択しないということができるのだろうか?不幸にして5%に入ってしまえば「業務上過失致死罪」となってしまう時、狙撃を実行する勇気を持つ狙撃手と観測手は現れるのであろうか?


狙撃手は執刀医、観測手は麻酔医であることはお分かり頂けるだろう。結果が悪ければ、それを過失と呼ぶ、ということである。たとえ他の数千人を助けたとしても、ただの一度も失敗は許されない、ということなのである。血管損傷や出血というのは、想定外で起こるものであって、特別な過失がなくても生じうるのである。解剖学的位置関係というのは、モデルとか標本と寸分違わぬことなど現実には有り得ない。教科書に書いてあるからそれと全部同じであると思っているのかもしれないが、いくつかの異形はあるし、その存在確率は定まっているとは限らないけれども、確実にある。執刀医の年齢からすると大ベテランであり、所謂百戦錬磨の「つわもの」であることは想像に難くない。しかも「国立がんセンター」の医師なのだ。日本でも有数の医療施設なのである。新米ドクターが震える手で「ミスった」とかいうレベルとは全く違うのである。私には判断のしようがないのであるが、何ら意味もなく、というか理由なく、大量出血が継続していたなどとは到底考えられないのである。


医師というのは毎回与えられた条件の中で最善を尽くす以外にはないのであるが、何でもかんでも「刑事事件」として捜査・取調され、送検されて、裁判にかけられていくのである。


検察官に1つ言っておきたいことがある(関白宣言か!)。
エラー確率が1%であっても、1万件の裁判のうち100件は無罪判決となるということである。この100件を担当した検察官は、「業務上~」という刑事罰を与えられることにしておく場合、検察官においては「これまで通りに」何ら変わることなく起訴できるんですよね?エラーの場合は刑務所行きですからね?それでも、今までと全く同じく起訴できるはずですね?

裁判官にも言っておきたい。
上級審で逆転判決であった場合には、刑務所行きということにしたとしましょう。罪状は何でもいいですよ。作ればいいんですから。法理論というのは、完璧であるのが当然であり、裁判官毎に結果が異なるというのは学問上本来オカシイ訳です。試験問題でも、答えは1つですよね?なので、裁判官がミスをする度に、刑事罰を与えます。それでも、これまでと何ら変わりなく裁判はできるんですよね?まさか、今まではそれほど真剣にやってこなかった、とか言うのではありませんよね?判決が変わる度に、刑務所送りにするとしても、これまで裁判というものが「ミスなく行われてきた」ということであるならば、別に構いませんよね?誰が判決を書いたとしても「結果は全て同じハズ」であり、医療裁判と同様に判決文を鑑定に回して、違った意見である時には過失を認定するとともに裁判官の判事人生を奪うものとすればいいのです。司法資格があるので、弁護士にでもなってもらえればいいですね。それでも大丈夫なのですよね?裁判に誤りなど存在していないハズですから。それとも、「裁判は誤りがある、判決にも誤りがある」ということを認めるのでしょうか?認めるならば、「間違っているかもしれないけれども、裁判の判決を書いてしまっており、その正確性については誰も担保しないし、レベルもよく判らない」と、全国民に是非とも宣言して頂ければ有り難いです。


検察や裁判所というのは「3回チャンスがある」とか思っているのかもしれないが、医療では「一発勝負」でしかなく、全例やり直しなどはきかないので、今後全ての裁判でも同じく一発で正解を出さねばならないことにしてもらいます。時間も金も無駄にしているのは、いい加減な裁判なんですよ。医療に一発で100%の正解を求めるのであれば、司法がまずお手本を示して頂ければと思います。大体、3審制ってのは、甘いんだよ。もう一回やってみる、などという甘さがあるから判決がコロコロ入れ替わったりするのですよ。司法がやっていることというのは、そういう曖昧でいい加減なシステムを運営しているだけなのです。狙撃手にしても、チャンスは一度であり、引き金を引けば発射された弾は元には戻すことはできませんので(笑)。少ないチャンスに、確実にエラーなく仕留めなければならない、ということを医療では求められているのです。司法制度はそうでなくてもよい、という正当な理由があるなら是非とも拝聴したいものです。


もっと言うと、裁判所がはっきりと宣言を出して下されば、多くの国民に納得してもらえるのではないでしょうか。

「たとえ千人死んでもいい。凶悪犯を射殺を選択しないことの方が正しいのだ。5%のエラーが生じるのであれば、人質射殺のリスクが回避できず、100回狙撃すると5人の人質が犠牲になるからだ。だから狙撃を止めて、エラーを防げ。凶悪犯が暴れるのを黙って見ているしかない、千人殺されても狙撃手のエラーを防ぐことの方が大事なのだ。」
 
と。



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