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フィブリノゲン製剤投与義務を判示した裁判例

2008年10月03日 01時46分11秒 | 法と医療
「薬害だ」と言って、原因も判らぬままに、何でも薬害に結びつけてしまう人々は後を絶たない。マスコミにもそうした論調は依然として残っている。よく判りもしないのにマスコミが大騒ぎした結果、一律救済という欺瞞を生み、多額の税金が投入されるのである。この国は、ちょっとおかしいぞ、本当に。


古い裁判例であるが、以下で検討してみる。

輸血措置止血措置の遅れ

(以下、一部引用)

弛緩出血ショック止血措置輸血措置懈怠―医師側敗訴
東京地方裁判所昭和50年2月13日判決(判例時報774号91頁)

本件では胎盤娩出から同6時10分までの僅か35分位の間に少なくとも300ccの出血があり、前記ガーゼタンポンの操作に取掛る同6時4、50分頃には合計650ccに達し、その頃既に正常範囲を超える出血を見たほか、なおも子宮から少量の血液が持続的に流出している状態であった、というように、分娩時の出血の中でも特に重大視されている弛緩出血、しかも子宮の収縮不全がその原因として疑われる状態であったのであるから、医師としては、これに対して迅速な止血措置を行うと共に、出血量、血圧数及び一般状態を確実に観察把握の上、輸血適応の状態に達したときには、時期を失することなく速やかに輸血措置を講ずべきであり、これに伴い、血液の性状につき凝固性が疑われるとき、又は多量の出血によって生ずる出血傾向を防止する必要があるときには、線溶阻止剤や線維素原の投与をなし、輸血にしても新鮮血の大量輸血を施すのが当を得た注意義務ということができるとすべきである。

(中略)

またその頃既に前認定のように、流出している血液は暗黒色で凝固しにくいようにも見られ、引続き多量の出血があったことからして、血液の凝固性を維持する措置が考慮されなければならなかった。そして、同7時25分以降アミノデキストラン輸液が開始された後、血圧は最高値が80mmHgより上昇せずに、同7時50分に最高50mmHgとなっていることから見ても、前記ガーゼタンポン挿入の操作と併合して、血圧、脈搏等の状態を把握しつつ、輸血の手配がなされていれば最善であったが、少なくとも同7時25分以降は速やかに、いかに遅くとも同8時頃までには輸血が実施されるべきであったことが明らかであって、同8時50分輸血が開始されるも、もはやショック状態の回復には奏効しなかったのであり、被告医師の輸血の手配時期は遅きに失したものであって、同被告には前示注意義務を怠った過失があると言うべきである。また右の点のほかに、線溶阻止剤や線維素原の投与並びに新鮮血輸血について配慮していないことも指摘できる。

=====


まるでどこかで目にしたかのような、妊婦の出産に伴う大量出血例の裁判である。事件の中身については、とりあえずおいておく。
かいつまんで言うと、本件では大量出血があったので、「速やかに輸血すべし」「線溶阻止剤や線維素原の投与すべし」ということが義務であったと認定され、これを怠ったのであるから注意義務違反である、という判示である。

a)輸血適応の状態に達したときには、時期を失することなく速やかに輸血措置を講ずべき
b)血液の性状につき凝固性が疑われるとき、又は多量の出血によって生ずる出血傾向を防止する必要があるときには、線溶阻止剤や線維素原の投与をなす、新鮮血の大量輸血を施す

ということである。
そもそもは、輸血時期が遅きに失した=注意義務を怠った過失がある、とされているが、これに加えて、線溶阻止剤や線維素原の投与並びに新鮮血輸血について配慮していないことも、義務違反と指摘されているのである。

これはどういうことか?
輸血は当然として、他にも「抗プラスミン剤」や「フィブリノゲン製剤」を投与すべき、ということである。これを裁判所が求めている、ということである。事件は1965年に発生、判決は1975年である。65年時点で「フィブリノゲン製剤投与を考慮しなかったことは注意義務を怠っていた」と言われてしまうのである。抗プラスミン剤はとりあえず関係ないので、裁判所指摘の「線維素原」だけ考えると、「フィブリノゲン製剤」以外には有り得ないであろう。

以前に紹介した厚生労働省の出した調査報告書によれば、1965年時点で存在していた製剤は旧ミドリ十字のものだけであった。

・6月9日 株式会社日本ブラッド・バンクがフィブリノゲン製剤の承認取得(販売名は「フィブリノーゲン-BBank」)
・10月24日 株式会社ミドリ十字への社名変更に伴い、「フィブリノーゲン-ミドリ」に販売名変更

と記載されていたのだ。つまり、裁判所はこの「フィブリノーゲン-ミドリ」を投与すべきであった=投与しなかったことは義務違反でしょう、と認定したということである。

で、これを投与したら、後になってから「薬害だ!一律救済せよ!」と?
投与しなかったら義務違反、じゃあ、一体どうしろと?


この国の法学分野の研究は、この40年間、一体何をやってきたのか。
法曹界では、どういった前進があったのか。こうした裁判例をどのように検証し、どう生かしてきたのか。言った通りだったじゃないか。検証ができていないのだ。知見の積み上げには役立ててこなかった、ということさ。
昔も今も、何も変わってなんかいないのだ。同じようなことが繰り返されるだけなのだ。


1965~85年までは、ウイルスの不活化処理として、BPL(β-プロピオラクトン)処理が行われていた。
推定ではあるものの、この処理によってHCVはほぼ不活化されていたと考えられる。完璧に感染防止ができていたかは確かめようがないが、感染リスクはかなり軽減されていたであろう。偶然にも、HCV感染は多くが防がれていたであろう、ということだ。発症例の報告が少なかったこととも符合するであろう。

85年8月以降には当時の厚生省の指導もあって、BPL処理ではなく抗HBsグロブリン添加に変更された(残留薬剤とその発癌性の問題なども影響したのかもしれない)。肝炎感染では最も怖れられていたのがHBVであったので、止むを得ない面もあったろう。輸血後肝炎の発症はかなり減少していたものの、ゼロになっていたわけではなかったから、主原因としてはHBVが疑われていたのかもしれない。この当時でもHCV同定は不可能であった。


参考:薬害の一律救済は欺瞞に過ぎない

防げないものについてまで、賠償せよ、というのは、そもそもおかしいのである。ましてや、裁判所が投与義務はあった、と認定しているのだから、防衛医療ということで見れば、投与しがちの風潮を生み出した可能性すらある。過失認定を恐れて、フィブリノゲン製剤を投与したのは「判決のせいだ」と言われたら、それを否定できるだけの論拠を裁判所は持つだろうか?

C型肝炎訴訟に関していうと、弁護士たちの立論や考え方もおかしいが、感情論的に何でもかんでも薬害とか言って煽動するマスコミもおかしいのである。これは、また改めて書くことにする。




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