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九電「ヤラセメール」騒動は、日本の電力行政の縮図

2011年07月15日 17時04分49秒 | 社会全般
ぶりっ子(死語?)でもあるまいに、これまでのヤラセ体質の一端が暴露されたからといって、今更ワザとらしく大騒ぎするようなことでもあるまいに。

九電が特殊なんじゃなく、ごくごく当たり前のことをしただけなのでは?
電力業界では、珍しいことでも何でもなくて、ただの「これまでと同様」の対応をしたというだけでは?
過去には、そういうのが大っぴらになることもなかったし、マスコミも報じたりはしなかったというだけで、ごく普通に行われていたことなのではないかと思うわけです。

どうしてそのようなことを思うかって?
先日の東電の株主総会を見たからさ(笑)。
海外投資家たちが口うるさく言っていたことを思い出したよ。日本の株主総会なんて、やってもやらなくても大して違いなどなく、意味もあまりないんじゃないか、ってことさ。日本企業の多くの株主総会が、壮大な「ヤラセ」みたいなもので、昔からある「株主総会対策」といった手法は、今回のヤラセメールと何らの違いもないんじゃないのかな、と。
だって、「異議なーし!!」の大声援が、殆どヤラセだったわけでしょう?(笑)
そういうようなもんじゃないの?

動員するのが、従業員持ち株会代表の社員株主か、外部委託だかアウトソーシングだか(笑)の総会屋に頼むか、そういう違いくらいしかなかったわけでしょう?要するに、手っ取り早く言えば「ヤラセ」だわな。日本社会に蔓延る体質そのまんまじゃないですか。それが証拠に、東電株主総会なんて、未だにそういうヤラセみたいなものだもの。株主が経営陣を監視するとか監督するなんていう仕組みではなく、結託しているかグルになっている、ということですわな。やる意味はあんまりないですね、と。形式的な儀式というだけに過ぎないわけです。

だから、九電だって、形式的儀式を無事通過させたい、ということで、過去からある「伝統的手法」を頼ったまででは。株主総会だけではなく、原発事業だってそうだし、大型公共事業とかそういうのだって同じ。体制派を集めて、反対派を抑え込む、住民説明会だとかヒアリングなんかも「やったフリ」で終わらせて、結論なんて初めから決まっているんだし。筋書き通り、というのがオチでしょう?
結論が引っくり返される、なんてことは、過去になかったということじゃないですか?国をはじめとする行政機関も、裁判所も、みんなして、そういう日本を作ってきたじゃありませんか。まあ、現代になってから、少し逆転判決が出るようにはなったかもしれないですが、それでもいったん決まったことは、止めようがなかった、というのが、行政だったわけでしょう?
道路、ダム、普天間基地、具体例は色々とあるでしょうけど、住民の意思を尊重とか何とかなんて、きれいごとであって、壮大なヤラセ体制を築き上げてきたのが、日本の社会だったんでしょう?
九電の対応は、そういうのが垣間見えました、というだけなんじゃないのかな、と。

経産省の電力行政とか原子力行政なんてのは、そういうのを繰り返してきたのではありませんか?そういう学習効果が発揮された、というのが九電の例ではないかと。そして、それは九電に限った問題なのではなく、広く蔓延る体質なのではないかと思えるのである。




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