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回収率がミドルリスク市場の存在を否定する?~bewaad氏復活記念

2009年10月08日 15時19分52秒 | 経済関連
ネット上では著名な経済官僚?らしいbewaad氏は、完全に消えたわけではなかったようだ。良かったですね。
復活を期待している人たちは、それなりにいるのではないか。

ミドルリスク・ミドルリターン市場の成立不可能性に関する一考察 - BIK accelerated hatena annex bewaadcom

今回見かけた記事で、ある試みに挑戦されたようだが、どうも直観的に問題があるように思われた。
提示された数式は、次のようなものだ。

ℓ<1-1/(1+r)  …①

ℓ=-a/r+1  …②

平たく言えば、儲かる最低条件を考えたのが①式である。
②式は、貸倒率が『金利水準に関係している』という前提(!)で作られた式である。金利が大きくなると、貸倒率も上がるんじゃないかな、という仮定をしてみて、とりあえず②式のように書けると考えた場合、ということのようである。ここから、回収率uの違いでハイリスクとローリスクの商売の違いを見ているようだ。

何となく、説明と数式は整合的であるかのように思わせるが、違う気がする。それは、自分が貸金の商売をすると考えれば、到底ウソとしか思えないような説明がつけられているからである。

②が成り立つのであれば、①式に代入してみればいいだけだろう。
そうすると、「貸出金利 r」について整理すれば、

r<a/(1-a)  …①´

となり、「貸出金利 r」は自動的に定数a によって規定される上限金利が生じているわけである。

たとえば、a=10%であれば、r<1/9 となるので、限界となる金利がたったの11%程度にしかならないであろう。これは貸倒者からの回収がゼロ水準である時の貸出金利ということなので、回収率が上がるならばもっと「低い貸出金利」で済むはずだ、ということになるだろう。別に、法律で上限金利などを決めずとも、経済学的必然に基づいて上限が決まってしまうではないか。そんな現象が現実世界で起こっていると考えているのだろうか?

自分自身、以前に簡略化した式を想定してみたことはあったが、数式はちょっと違った感じにした。

参考記事:

貸出金利の条件について

貸金業の上限金利問題~その16



要するに、①式や②式には、無理な想定が含まれているであろう、ということは、推測できるわけである。
「貸出金利は破産の説明要因ではない」と主張してきた人が貸出金利の関数を想定していることに驚くけれども、それは本題ではないからいいとしても、仮定としている数式とかがあまり意味のないものではないかと思える。


回収率が低い場合と高い場合で貸出金利に違いがあるか、ということを考えれば、普通であれば、回収率が高い方がコスト(貸倒損失処理など)が現象するので、貸出金利は下げられる余地が増えるであろう、ということは想定される。ただし、貸し手がそれを選択するか、というと、どうなのかは判らない。金利を下げずに貸せるなら、多く回収して儲けた方がお得だからね。

回収率を高くする方法としては、基本的には「担保を取る」ということに尽きるのでは。貸金だろうと、銀行のような金融機関だろうと、あまり大きな違いはないのではないか。担保が貸出金に見合いの価値があれば、たとえバンザイされてもかなり回収できるのだから。逆に言えば、ナニワ金融道的世界においては「回収率を100%以上にすると儲かる」ということになっているわけで、それをやられるのは「アホだから」ハメられる、ということだろうね。貸出金以上に大きい担保を取り、身包み頂きます、というのも一つのビジネスだったということです。

銀行などでも、貸出の担保を取るのが一般的であり、担保の種類などによって回収率が50%以上とか70%以上といった違いは生じるだろう。それこそ、バーゼルⅡのような基準適用だと、担保の回収率の相違が反映されたものだったはずだ。回収率が高いと貸出の事前評価が適正(=借り手を見抜く能力が高い?)という金融機関ということになり、結果的に貸倒率が低くなる傾向があるのかもしれないが、基本的に貸金のような「無担保貸し」の場合であると、回収率の違いというのが借り手の貸倒率に反映されるとも思われないのだが。

ああ、そうか、杜撰な借り手ほど「回収できる資産を持ってない」ので=回収率が低くなる、とか、そういう借り手の条件が反映されるということだろうか?
よりマシな借り手であれば、たとえ貸倒になったとしても、いくらかは回収できる、とか。


貸倒率がそこそこ高くても商売がやっていける、というのがあるとすれば、回収の手法が「独自のノウハウ」みたいに何らかの強みを持っているということはあるかもしれない。これが、ナニワ~系ということだな。担保に取るのは、実家の田畑ばかりではないかもしれない。たとえば、公務員や教員の「職場に秘密を知られるとマズい、バラされたら困る」という特殊な担保かもしれない。そういう担保の回収権行使によって、公務員の「未来の給料」さえも差し押さえる効力を生じうる、ということだ。これはまあ、あんまり関係ない話だから、別にどうだっていいのだけれどね。

担保があっても、これが現金化しやすいものかどうか、というのも違いはある。不動産を差し押さえてみたところで、これを現金化できてはじめて回収、ということになるので、結構なコストがかかってしまうということは普通だろう。質屋の質草が、購入すれば価格がそれなりに高いものであろうとも、借りられる金額はその何分の1か何十分の1しかない、というのは、ごくありふれた話ではないか(近年ではそういった質屋もあんまり見かけることはないけれど)。



ま、阪大グループ(筒井、大竹ら)のペーパー(貸金業の上限金利問題~その17)にあったみたいな、一般論としての金利水準というのは、経済学のお約束としては「最大に儲かる金利」というのがただ一つ決まるはずだろう。それは、別に、「ミドルリスク・ミドルリターン」みたいな市場を区別するものではない。だって、どの借り手にも一つの金利を適用すればいいはずだからだ(笑)。元々市場が別だ、ということなら、異なる市場について同列に議論している方がおかしい。
単峰性のグラフ形状なのであれば、上限金利の存在さえなければ一つの金利しか有り得ないだろう。もし、それが上限金利より高いということなのであれば、ほぼ全ての貸出金利は上限金利に張り付く。他の選択はないはず、である。

何度も言うように、5兆円の貸出を行う消費者金融と、総額200万円の貸出量の個人貸金とで、「同じ金利」とか金利の関数で商売を語ろうなんてことそのものが、間違っているんじゃないのかな、という話。この両者の貸出金利が同一とか、貸倒率が同じとか、そういう仮定みたいなものが、経済学として意味があるのか、ということをまず考えるべきなのでは。
殆どの場合であれば、「貸出額が十分大きい時」という暗黙の仮定をおいているというだけだろう。それは、貸出総額の大きい企業などであると通用する議論であって、零細個人の貸し手の場合にもそれと同じか、というと違うんじゃないのということ。


・回収率に関してRCCの例で書いた記事
特殊法人の不良債権額の推測?

・貸出量の違う業者について書いた記事
多重債務者は減少したか~3


因みに、貸倒率を想定するのに、失業率(とか、その他ライフ・イヴェント発生率?)で関数を作らない理由があるなら、是非知りたいよね。