映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

2017年06月13日 | 邦画(17年)
 『』を新宿バルト9で見ました。

(1)河瀨直美監督の作品ということで、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、階段をゆっくりと降りていく男(中森永瀬正敏)の後ろ姿が映し出されます。どこかの劇場でしょう、男は席に着くとイヤホンを耳に当てます。
 イヤホンからは、「テスト、テスト、イヤホンの聞こえは良いですか?この声はテストアナウンスです」などという声が流れます(注2)。

 そして場面は、外の通りの様子(注3)。人々がせかせかと道路を歩いています。
 バス停では、停車したバスから降りてくる人々と、そのバスの乗ろうと待っているサラリーマンたちが、タクシー乗り場にはタクシーを待つ人もいます。様々な音とか声がします。
そういう人々の姿を読み取りながら、女(美佐子水崎綾女)が道路を歩いていきます。

 次いで、劇映画『その砂の行方』の中の場面。
 木々の向こうには、穏やかな入江が見渡されます。近くに見える大きな家の庭には、背の高い樹木が植えられています。
 家の縁側に置かれた籐椅子に座る妻・時江神野三鈴)に向かって、夫の重三藤竜也)が「どうですか?」と訊くと、認知症の時江は「つまんない」と答えます。

 それは、モニター会の会場に設けられているスクリーンに映し出された映画の一シーン。
 音声ガイド制作に携わる美佐子が、スクリーンのそばで、自分が書いたナレーションを読み上げます。美佐子の反対側には、視覚障害者が数名モニターの席に着いていて(その中には、中森もいます)、美佐子のナレーションを聞いています。



 美佐子が勤務する映画会社の上司の智子(女優の時江でもあります:神野三鈴)が、「まず、ここまでにしましょうか」と言い、「まちこちゃん、何かありますか?」と尋ねます。
 まちこと言われた視覚障害者は、「“くろがみ”じゃなくて、“くろかみ”です」と応じます。
 他のモニターも、「チョット聞き取れない」「“砂像”と言われても、馴染みがない」「“すな”といった方が、…」「“サゾウ”と言われると、イメージが止まってしまう」などと言います。
 こうした意見に対し、美佐子は「検討します」と答えます(注4)。

 視覚障害者の明俊(智子の夫:小市慢太郎)が「「厚い雲の向こう、…」というところは良かった」と言うと、美佐子は「ガイドを沢山入れましたが、伝わったかって心配でした」と応じます。
 これに対して、中森が「伝わったかって、押し付けがましいことじゃないですか?」、「今のままなら邪魔なだけです」と指摘します。他のモニターも、「言葉がいっぱい入ってきてしまって」と賛同します。美佐子は「私は皆さんのためにと思って」と反論しますが、逆に、中森から「それが押し付けがましいっていうこと」と言われてしまいます。
 美佐子は「次回までに検討し、中森さんの邪魔にならないようにします」と答え、智子も「中森さんの言葉には、しっかりと向かい合ったほうが良いと思う」とアドバイスします。

 これが本作の始めの方ですが、さあ、この後、物語はどのように展開するでしょうか、………?

 本作は、映画の音声ガイド制作に携わる若い女と、弱視の天才カメラマンとを巡るラブストーリー。音声ガイドを制作するにあたっては、視覚障害者にそれを聞いてもらって手直しをする作業が必要で、その際にカメラマンと若い女性が知り合うのです。クマネズミは、視覚障害者のためにそんなに繊細な作業まで行われているなんて全く知りませんでしたから、本作はその意味で興味を惹かれましたが、それだけでなく、河瀬直美監督の初期の頃の映画作品の感じも幾つかの点で感じられたりするのも(例えば、『萌の朱雀』の舞台と同じような感じの過疎の山村が映し出されます:注5)、とても面白いと思いました。

(2)本作では、美佐子が、パソコンで映画作品を見ながら台本を作り、それをモニター会で視覚障害者のモニターに聞いてもらって手直しをしていくという、音声ガイド制作のプロセスが丁寧に描き出されています。
 美佐子は、上記(1)で見るように、最初、映画の画面に描き出されていることを目一杯視覚障害者に伝えようとして、盛り沢山な内容の台本を作ります。すると、モニターの視覚障害者から、返って邪魔なだけと批判されます。
 そこで、今度は、できるだけ説明を削ぎ落とした台本を持っていくと、それでは何もわからないと、言われてしまいます(注6)。

 美佐子の上司の智子は「映画というのはものすごく大きな世界。それを言葉によって小さくしてはいけない」などと美佐子に忠告しますが、本作を見ていると、この音声ガイド制作が、とても繊細な神経を要する大変困難な作業であることがわかってきます。



 でも、そうした困難さを乗り越えた優秀な音声ガイドに依れば、視覚障害者は、正常人が見て取ることの出来ないものまでも映画から受け取れるのでしょう。

 こうして美佐子は、劇中映画の監督・北林(出演者の重三を演じてもいます:藤竜也)にインタビューしたりして(注7)、音声ガイドの仕事や、ひいては自分自身のこと、特に家族のこと(注8)を見つめ直すようになっていきます。

 美佐子にとって決定的なのは、モニター会で中森と出会ったことでしょう。
 最初のうちは、自分が作成した台本について執拗に批判してくる人だと思ったのでしょうが、中森が出した写真集『flow』(注9)を見たりするうちに興味が出てきて、智子の代わりに拡大読書器を届けに中森のアパートを訪ねたりします(注10)。
 そうした中で、美佐子は成長していきますが、中森の方も大きく変化していきます。



 最初の内、中森は、弱視が進行するにもかかわらず、相変わらずカメラマンとして、愛用の二眼レフカメラのローライフレックスを手放さずに写真を取り続けています(注11)。



 ですが、色々の出来事があり(注12)、特に、美佐子との出会いがあったことによって、中森は自分の生き方を変え、ローライフレックスを捨て、更には杖を突きながら歩行するようになるのです。

 そうして、こうしたこと全体が、本作では、そのタイトルとなっている「光」、特に夕日の光で包まれて描き出されている感じがします。何しろ、中森が暮らす部屋には、西日が一杯に差し込んでくるのですから。
 ある意味で、『追憶』で描き出される夕日と似ているかもしれません。
 ただ、『追憶』の夕日は過去からのものであるのに対して(注13)、本作の夕日の光は未来に向いているのではないでしょうか(注14)?

 本作における主役の永瀬正敏の演技は、次第に視力が低下していくカメラマンという難役を、文字通り入魂の演技でこなしていますが、本作全体としては、音声ガイド制作者の美佐子の成長物語といった感が強く、美佐子役の水崎綾女が、とても瑞々しい演技を披露していて次作が期待されるところです。

(3)渡まち子氏は、「主観を排除し事実を正確に描写することで映画の輝きを言葉で伝える音声ガイドの難しさと素晴らしさが印象に残ったが、視覚障害者は目ではなく心で映画を“見る”というスタンスに、襟を正したくなった。暗闇で迷うことはあっても、コミュニケーションによって、きっと希望の光をみつけることができることを教えてくれる作品である」として70点を付けています。
 渡辺祥子氏は、「視力が奪われることの苦しみとやり場のない怒りが身体を駆け巡るカメラマンの絶望を『あん』のときとはまた違った存在感を示して演じる永瀬。そしてそんな演技を他の出演者たちからも引き出す河瀬監督の演出力と透明感のある映像に見とれながら、ここには河瀬監督が考える映画のすべてがあると思った」として★4つ(「見逃せない」)を付けています。



(注1)監督・脚本は、『あん』の河瀨直美。河瀨直美監督の作品は、最近では、他に『2つ目の窓』や『朱花の月』とか『七夜待』を見ています。

 出演者の内、最近では、永瀬正敏は『ブルーハーツが聴こえる』、水崎綾女は『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』(ヒアナ役)、小市慢太郎は『ゾウを撫でる』、藤竜也は『お父さんと伊藤さん』で、それぞれ見ました。

(注2)この場面は、本作の劇中映画『その砂の行方』をバリアフリーで上映(美佐子の制作した音声ガイドの台本を樹木希林が読み上げます)する会の模様を映し出すラストの場面に繋がります。
 なお、『その砂の行方』のラストで映し出される砂丘は、『ゾウを撫でる』や『俳優 亀岡拓次』でも登場する静岡の中田島砂丘(前者についての拙エントリの「注3」や、後者についての拙エントリの「注12」をご覧ください)。

(注3)美佐子の住むマンション、中森が暮らすアパート、それに美佐子が勤める映画会社などは、奈良市街にあります(歩道橋などに書かれている地名などからすると)。

(注4)美佐子は、「砂像」を「砂で作った砂の像」などと書き直します。
 そして、ラストで樹木希林が読む台本では、「重三の手からスカーフが離れる。崩れる砂の女性像。跡形もなく消える。丘を登っていく重三。黙々と前に進む。夕日が強い光を放ち、肩越しに輝く」となっています(大体のところに過ぎませんが)。

(注5)『萌の朱雀』については、この拙エントリの(2)の末尾で、ほんの少し触れています〔付け加えると、本作に登場する美佐子の父親は失踪していますが、『萌の朱雀』のみちる尾野真千子)の父親・幸三國村隼)も失踪します(あとで自殺したことがわかります)〕。
 また、河瀬直美の作品でよく見かける印象的な木々の揺れは、本作でも見ることが出来ます(なお、この拙エントリの「注4」もご覧ください)。

(注6)中には、「前のより整理されていてスッキリした」「余白ができ、ジワーと感じる部分が出てきた」と評価するモニターもいますが、中森は、「今度のガイドは、初めてこの映画を見る人にとって酷いと思う。例えば、トップシーンについては空間を再現できない」と批判します。
 さらに、中森は、「ラストシーンでは、結局何も言わないんだ」、「逃げているんだ」と咎めます。これに対し美佐子は、「ラストは、見ている方に委ねたほうが良いかと」、「逃げてはいません。ただ、個人的な感情は避けた方が良いのかなと思ったのです」と反論します。すると、中森は「何も感じなかったんだ」と責めます。それに対して、美佐子は「それって、想像力の問題なのでは。中森さんの表情には、何の変化もありませんでした」と言ってしまいます。

(注7)美佐子が、北林監督に「重三は、監督の内面を表す存在ですか?」と尋ねると、北林監督は「そういうところもあるかな。爺さんであるところとか」と答え、さらに美佐子が「ラストシーンですが、「その表情は生きる希望に満ちている」とガイドするのは間違ってますか?」と訊くと、北林監督は「重三は、明日死んでしまうかもしれませんよ。生と死の狭間がだんだん曖昧になってくるんです」と、否定的なことを言います。
 それでも美佐子が「映画の中には希望がほしいんです」と言うと、北村監督は「重三が、あんたの希望になったら凄い」と言って立ち去ります。
 美佐子が「映画の中には希望がほしい」と言ったのは、あるいは、下記「注8」に記すように、彼女の母親が認知症であることを踏まえてのことかもしれませんが〔北村監督が制作した映画『その砂の行方』では、上記(1)で触れているように、重三の妻・時江が認知症なのです〕、もしかしたら、美佐子の映画に対する一般的な姿勢なのかもしれません。

(注8)奈良の山奥にある美佐子の故郷には、母親(白川和子)が一人で暮らしていますが、認知症の兆候が出てきているようです。母親の面倒を見てくれる隣人も、「お父さんが失踪した時の記憶が抜けている。そろそろ施設のこと考えた方がいいかも」と美佐子に言います。
 美佐子は、時々母親に会いに行くのですが、ある時、父親が失踪する際に家に残していった財布を見つけ、その中に、父親と自分が写っている写真があるのを見つけます。

(注9)この記事をご覧ください。

(注10)中森の部屋に入ると、天才写真家としてもてはやされた頃に撮影した写真でしょうか、たくさんの写真が所狭しと壁に掲げられています。
 そして、手紙がゴミ箱に捨てられているのを見つけた美佐子が、「これ間違って捨てられていますよ」と言うと、中森は「それは捨てていいんだ」と答えます。それに対して、美佐子が「このホテル、バリアフリーだから大丈夫ですよ」と言うと、中森は苛立って「向いてないよ、お前」と答えます。あとで中森は、「昔の妻の結婚式の招待状だ」と打ち明けるのです。

(注11)中森からローライフレックスを取り上げようとした写真仲間に対して、中森は「動かせなくなっても、俺の心臓だ」と言うのですが、相手は「もう止めなって」と忠告します。

(注12)例えば、中森が昼間だと思って電話したところ、実際は真夜中で、相手に心配されますし(「また徹夜しているんですか、いつ寝てるんです?」と言われてしまいます)、カメラを向けた相手に「いい天気ですね」と言うと、相手から「いいえ、今日は晴れてないと思います」と返されてしまいます。

(注13)『追憶』のラストで涼子安藤サクラ)が見る夕日は、昔、喫茶店「ゆきわりそう」の窓から涼子が見た夕日ではないでしょうか?

(注14)美佐子と中森は、中森が夕日を撮影した場所に一緒に出かけます。
 そこで、中森は愛用のローライフレックスを投げ捨てますし、それを見た美佐子は中森に口づけをします。
 また美佐子は、自分と父親が一緒の写真に写っている夕日が見える場所で、いなくなった母親に出会いますが、母親は「あのお日さんが山の中に沈んだら、お父さん帰ってくる」と言うのです。
 両方共、夕日に未来を託している感じがします。



★★★★☆☆



象のロケット:光

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2 コメント

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Unknown (atts1964)
2017-06-16 16:52:57
河瀬監督の新作ということで、「あん」の後ということもあり期待が高い作品でした。
最近多いバリアフリー作品、字幕の邦画が主流ですが、視覚障碍者のためのガイダンス付きというのが、苦労と、映画の素晴らしさを描きながらの人間ドラマだったですね。これも一つの映画作り、万人が楽しめる作品作りの尊さを感じながら見ていました。
いつもTBありがとうございます。
Unknown (クマネズミ)
2017-06-16 18:31:15
おっしゃるように、本作は、「視覚障碍者のためのガイダンス付き」映画を制作するに当たっての「苦労と、映画の素晴らしさを描きながらの人間ドラマ」でした。

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