原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

真心が相手に伝わってこその贈り物の極意

2013年05月09日 | 人間関係
 (写真は、本日5月9日午後のつい先程 長野県伊那市の大規模農場主より我が家に宅配便にてお届け頂いたウド)


 伊那市大農場よりのウドの到着を「原左都子エッセイ集」で取り上げるのは、今回が2度目となる。
 
 本日早朝にウドの送り主であられる(ブロッコリーを主たる出荷品とされている)農場主K氏よりメールを頂戴した。 その内容の一部を以下に紹介しよう。
 今年はおかしな天気で、順応するのが大変ですね。
 先日群馬の友人が『遅霜』の被害がTV等で報じられた事を受け(K氏の)農場が心配・・・と電話して来ました。  幸い「ブロッコリー」は寒さに強く、定植前によく外気に慣らして置く事が肝心で、もし「凍霜害」にあっても茎の芯が害にならねば時間が少し掛りますが復活できます。 (K氏の場合)更に「不織布(パオパオ90と言う資材名)」で被覆していますので全然安心です。この分手が余計に掛りますので大変ですが、風、霜には予防になります。 と言う事ですからご安心下さい。
 今年は「わらび」「ふきのとう」を送らない替わりに「うど」を送りました。
 「さとちゃん」(原左都子のこと)の ≪アルコールの友≫に打って付けかと思います。
 (以上、K氏から原左都子宛に頂戴したメールより一部を引用)


 もう既に6年の年月にも及び、年に3,4度のペースで欠かさず採れ立て野菜を我が家に届けて下さる長野県のK氏との出会いのきっかけとは、実は当該「原左都子エッセイ集」が媒体である。
 そんな長き期間に及びK氏より頂戴する新鮮な「贈り物」の歴史に関しては、2010年5月公開の本エッセイ集バックナンバー 「初夏の味覚の宅配便」 に於いても記述しているため、その一部を以下に要約して紹介しよう。

 日本の中央アルプスや南アルプスが展望できる信州の実り豊かな大地に大規模農場を営んでいらっしゃる“とある方”(ここでは K氏 と呼ばせていただく)から、年に何度か欠かさず採れ立ての農作物を宅配便にて我が家に直送いただいている。
 K氏の大農場に於ける主生産農作物はブロッコリー(K氏名付けて “ブロッ娘” 『ブロッコ』 とよみます。 K氏が可愛い娘のごとく愛を込めて育成され毎年春秋に市場に届けていらっしゃいます。)であられる。 そのため、春秋の“ブロッ娘”を中心に、早春のフキノトウ、そして今頃の季節はワラビやウドといったごとく、都会で暮らす原左都子が普段滅多に目にすることがない“土”がついたままの旬の農作物を、何ともありがたいことに我が家まで取れ立てのまま直送いただけるのである。
 ここで長野県の農場主K氏と私が知り合った経緯を述べさせていただくと、そのきっかけとはこの「原左都子エッセイ集」が源なのだ。 K氏はご自身の農場経営でご多忙な中、当時まだ開設後数ヶ月しか経過していなかった本エッセイ集をご訪問下さって、私が綴る拙ブログの一記事一記事にコメントを書き入れて下さる等の手段で心温まる応援を頂いた方である。
 その後、“ブロッ娘”の生産拡大による更なるご多忙等と相俟って、K氏はネット世界から遠ざかざるを得なかったご様子だ。 それでも今尚、過去において(たかが)ブログ上で知り合った原左都子宛に採れ立て農作物を直送して下さるという恩恵に与り続けているのだ。  
 分子遺伝子生物学の発展が農業における品種改良にもたらす恩恵や、工業分野での技術革新の農業分野への進出による発展は凄まじいものがあることであろう。 とは言えども、農業とは“生き物”を扱う世界であるからこそ今尚自然との共存がその主眼であり、天候や気温による打撃を直に受ける産業であることを実感させられる思いだ。
 特に今年の春の寒さ及び連休以降の酷暑や強風等との闘いの連日を慮った場合、農業に携わるK氏のお便りから日々のご苦労を重々実感させていただける思いである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2010年5月バックナンバーより一部を引用)


 ここで、上記農場主であられるK氏から原左都子宛の「贈り物」関係が何故6年も続くのかに関して考察しよう。

 もちろん、原左都子の方からもお礼の意味合いでの贈り物を定期的に発送させて頂いている。 ただ、その「贈り物交換儀式」に義務的、義理的ニュアンスが少しでも漂っているのならば、早期に消滅する人間関係と言えるであろう。
 ところが私とK氏とを取り持つ「メール関係」が充実しているからこそ、それに付随して贈り物関係も成り立つと私は捉えている。
 例えば今朝頂いたメール内で、K氏は私の趣味の一つである“ランニング”に関する記述をして下さっているのだ。 これにランニングに対する更なる刺激を抱かされた思いである。 
 農業世界に関しては全く未知の私の方からはK氏に対してさほどインパクトある返答も申し上げられないのに、K氏は私の趣味や好みにまで及んだお便りを今尚メールの形で送信下さっている。
 そんな次なる意欲を掻き立てられるメッセージとは、自然と更なる人間関係続行意欲をそそられるものである。

 この世の中、義務感のみで実施されている「贈り物」交換儀式こそが今だ多大に蔓延っている現状ではなかろうか? 
 その種の行動も確かに経済活性化に繋がり自民党政権が掲げる「アベノミクス」を増長する一手段ではあろが、ここはやはり人が人として贈り物をし合う場合には「真心」を込めるべき、との原左都子の私論だ。

 人が息づく世において経済効果を永遠に長引かせる要因の一つとして、デフレ脱却以前に「人の真心」要素も捨て難い。
 心を込めて「贈り物」をすると必ずや相手にその思いが通じるはずだ。 そんな人と人の繋がりこそが結果的に経済発展をも支えるのではないかと、我が経験から考察するのだが…