原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

ソウル旅行記 -韓国人の気質編-

2010年09月05日 | 旅行・グルメ
 (写真は、ソウルの世界遺産 昌徳宮 観光中に偶然出くわしたテレビ番組撮影風景。 撮影の途中で休憩する朝鮮王朝時代の装束を身に着けた俳優氏達を写したもの。 ちなみにこのテレビ番組はドラマではなく、歴史教養番組とのことである。 俳優氏達は我々日本人観光客のツーショット写真撮影の要望にも快く応じてくれた。)


 「韓国には、メタボ体型の人が一人としていない。」

 この話をガイド氏から聞く以前より、ソウル市民のスレンダーな体型に私は気付いていた。
 韓国では競技としての自転車が市民の間でも盛んだそうで、その趣味に勤しむソウル人が多いことも理由の一つかもしれないが、筋肉質体型の人は多く見かける。 その一方、老若男女を問わず概して皆さんスマートで、まさにメタボ体型の人はただの一人も目にしない。
 ガイド氏曰く、「国民食であるキムチのお陰」とのことである。 一理あるのかもしれないが、原左都子の分析は若干異なる。
 日本において、醜くもブヨブヨと体内に脂肪を溜め込んだメタボ人種が顕著に増殖し始めたのはいつ頃からのことかと考察するに、高度経済成長期を過ぎ去った1980年代以降の時代からではなかろうか。 要するに日本経済成長がプラトーに達して以降、バブルに有頂天になったこの国の国民から「成長」意識が消え去り、教育等あらゆる分野において歯車が狂いはじめ“努力する国民性”が失われてきたものと私は推測する。 それを象徴する一番分かり易い事象が、国民の体型の“メタボ化”なのではあるまいか?
 これに比して韓国の経済成長は今尚続き、韓国民のあらゆる分野での成長意欲は衰えを知らないものと察する。 国民皆が成長欲に燃えるが故に、体に脂肪を溜め込む暇などない故のスレンダー体型であると私は結論付けるのだ。


 外見要因の話を続けよう。
 韓国の経済成長に伴う結果であろうが、一見して日本人と韓国人の区別はつきにくい。 (それ故に前回の記事で綴った通り、私も地下鉄構内で韓国女性と見間違われたものと推測する。)
 ところが、特に女性に関してファッション等の外観に興味がある私が精査した場合、日本人と韓国人の違いは一目瞭然である。
 まず、韓国女性の肌は総じて白く美しい。 ガイド氏曰く「“垢すり”等の慣習の結果」との説明であるが、これに関しても原左都子の分析は若干異なる。 韓国は東京よりも緯度が高く冬が厳寒であることが一要因と考察するのだ。 あるいは、美的感覚が多様化している日本に比し、色白美肌こそが韓国女性の最高美!との伝統文化に揺ぎないものがあるのかもしれない。
 この色白美肌を活かそうとする結果と推測するが、若い女性の間には超ミニスカートやホットパンツ姿等、白くて長く美しい足を強調したファッションが際立っていた。 日本で今流行しているマキシ丈のスカートを低身長の日本人観光客若手女性が引きずっているみっともなさと比較した場合、ここは断然韓国女性に軍配が挙がりそうである。

 ガイド氏は韓国の若い世代の“高身長化”についても述べていた。 確かに韓国の若者は男女を問わず身長が高い!  これに関しては日本でも同様の現象はあるのだろうが、何分韓国人のスレンダーな体型が一見しての高身長現象を増強しているものと私は受け止めた。


 外見的要因の話が長引いたが、若者の話題が出たついでにここでソウルの若者についての印象を述べる事にしよう。

 ガイド氏曰く、「韓国では歴史的、伝統的に人とのつながりを第一義とする国民性がある。それ故に韓国人は基本的に情が厚く人に親切だ。 日本人と異なるのは、感情表現が直接的であるため、奥ゆかしくて感情表現を曖昧にすることを好む日本人には一見誤解を与えるかもしれない…」
 きっとこのガイド氏は、日本の数十年前のイメージに従ってこの話をされたものと私は察する。
 今の日本人の国民性として、上記のような“奥ゆかしさ”は当の昔に既に消え去っているのが実情であろう。 今の日本においてはただ単に人間関係の希薄化現象故に人との付き合いが鬱陶しいという理由で、国際社会においても人間関係を築きにくい人種が蔓延っているだけの話であろう。 訪れた国の国民との交流などどうでもよくて、免税店で自分が欲しいブランド物のみを買い漁ることが目的の観光客が増えている寂しい現状が、それを物語っているのではなかろうか?  (それにしても国内旅行よりも断然格安な近隣国への“激安ツアー”に参加して、その目的が免税店で安ブランド物を買い漁ることのみの日本女性の実態は、端で見ていても恥ずかしい限りである……。 そんなにブランド物が欲しけりゃ、東京銀座で中国上海等のニューリッチ観光客と一緒に2桁違う最高級ブランドでも漁ったらどうなの?、と嫌味を言いたくもなる。)

 確かにソウルの中年層以上の人々は、前記事でも述べた通り日本人観光客に対して好意的で親切だった。
 (おそらく過去における理不尽に虐げられた歴史的背景を認識している世代であるにもかかわらず、日本人である我々に好意を持って接してくれる韓国の人々…  とんでもない過ちを犯した加害国である日本人の一人として、何と謝罪申し上げてよいのかの思いを募られる原左都子であった。)

 一方、隣国に対して取り返しのつかない過ちを犯した日本人の成れの果ての存在である原左都子として救われるのが、韓国の若い世代の洗練ぶりである。
 さすがに若い世代は年配者とは異なり旅行者に声をかけてくることはないのだが、おそらく彼らも韓国の歴史的伝統的慣習に従って人には親切なことであろう。 過去の虐げられた歴史の時代は当に移り行き、韓国国内の経済急成長や学術文化の発展と共に育った若い世代は、(高身長等の体型の進化と共に)自信にみなぎるかのようにその恵まれた身体で今のソウルを闊歩しているのだ。


 過去の日本が犯した過ちに関しては、ここで私一人が謝罪して済む話では決してなかろう。

 それでもこうやって韓国の若い世代が自信に満ち満ちて自国の現在社会そして世界を操り、経済を急成長させ学術文化を発展させつつアジアの一国を高らかに創り上げていく姿に、心より感動する原左都子なのである。 
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ソウル旅行記 -地下鉄編-

2010年09月04日 | 旅行・グルメ
 (写真は、ソウル地下鉄1号線 竜山(ヨンサン)駅に停車した地下鉄車輌)


 我々原左都子親子のソウル旅行における自由行動日は、終日地下鉄を利用して移動した。

 我々親子が宿泊したホテルは、ソウル市永登浦(ヨンドンボグ)区に位置していたのだが、永登浦はソウル市中央部より南西へ車で20分程(混雑していなければの話で、東京同様車の多いソウルでは必ずやいつも混雑しているのが実態)の距離の、東京で言うところの“副都心”に該当するべく場所であろうか?  複数のデパートや巨大ショッピングセンター、そしてホテルなどが複合した施設のある大都市であり、相当の大人口を有する地である。

 ホテルから地下ショッピングセンターを経由して地下鉄1号線永登浦駅へ向かうのだが、この地下道がまさに東京のターミナル駅の地下道と瓜二つなのである。 ヤング向けのブティックや靴、アクセサリー店等々が軒を連ね、平日の午前中であるにもかかわらず若い世代を中心に人々でごった返している。 (東京でも同様の事をよく感じる私だが、皆さん平日なのに朝から仕事もしないで学校へも行かず、これ程大勢の人がこんな所で一体何してるの?)  そうではなく、これも偏に人口密度の高い大都会ならではの人の生活パターン多様化の実態なのであろう。

 地下ショッピングセンターの混雑をかき分けつつ駅に到着し、券売機で切符を購入する。
 画面を日本語版に切り替えることができ、分かり易く使い易い券売機である。 一回のみ利用券を購入することにしたのだが、乗車料金に加えて“保証料”とやらが加算される。 (ちなみに、この保証料は到着駅の清算機で切符であるカードの回収と共に払い戻しされるシステムであり、カードは回収後再利用されるようだ。)

 ソウルの地下鉄の一つの特徴は駅にエスカレーターがほとんどないことである。 東京メトロの場合、近年バリアフリーの観点からエスカレーターとエレベーターの設置が急速に進み、現在ではほとんどの駅に両者が設置されるに至っている。
 日頃東京メトロに慣れている私にとって、この階段の上り下りが結構体にこたえる。
 
 駅名等の表記はハングルと漢字、そして英語なのだが、漢字の表記はホームの駅名掲示板等一部に限られている。 そこでホームに辿り着くまではハングルと英語に頼ることになるが、英語の読みのみでは我々日本人には地名を捉えにくい。
 我々は竜山駅で地下鉄4号線に乗り換えたいのだが、行き先であるニ村(イチョン)駅に関する表記がなく乗場がわからない。 階段を何度も上り下りした挙句、駅員に確認してやっとホームに辿り着いた。

 このホームで電車を待っている時、年配のご婦人に声を掛けられた。 どうやら私を韓国女性だと思った様子で、おそらく「○○駅に行くには、このホームから電車に乗ればいいのか?」等の質問を韓国語で訪ねておられる様子だ。 応えて差し上げたいものの何分韓国語がチンプンカンプンの私である。やむを得ず「Sorry. I,m Japanese.」とのみ返すと、ご婦人は一瞬驚いた様子だったものの、にこやかに「コンニチハ。」と言って下さって、私も「こんにちは。」と返した。
 別の駅でも今度は若い男性に同様の質問をされ、同様の対応をした私である。今度の相手はさすがに若い世代だけあって「コンニチハ。」はなかった。
 思うに、東京メトロ沿線に住み日頃地下鉄を移動の足としている私の姿は“地下鉄に溶け込んで”いて異国の地においてもその姿に違和感がなかったのであろう。 私自身も地下鉄に揺られながら、一瞬東京メトロに乗っているのかと錯覚しそうになったものだ。
 (それ程、ソウルの地下鉄は東京メトロと類似点が多いと言えます。)

 逆バージョンもあった。 自販機の日本語版で発券操作をしていると、駅員氏がわざわざ来て親切にも発券の仕方を指南して下さるのだ。 既に発券は十分マスターしていた私であるが、せっかくの好意に応えて日本語ペラペラの駅員さんとお話しつつ一緒に発券した。 永登浦駅までの券を買ったところ、「そんな所まで何をしに行くの?」と聞くので、「これから宿泊ホテルに帰ります。」と応えたところ「日本人が永登浦くんだりのホテルに泊まるのは珍しい」と驚いていた。 (何分、安ツアーを利用したもので…  参考のため、永登浦は上記のごとく大都会であるし、宿泊ホテルは昨年建築されたばかりのお洒落で綺麗なホテルでしたよ!)

 前半のニ村(イチョン)での国立博物館見学と、後半の東大入口駅近くの新羅ホテルでのアートフェアを観賞し終わった我々親子は、予定通り地下鉄を利用して帰路に着く。
 昼間は比較的空いていた地下鉄であるが、帰りは通勤ラッシュ時間帯に重なることに相成った。 東大入口駅のある3号線から1号線へ乗り換えるターミナル駅である鐘路三街(ジョングノサンガ と読むのだろうか??)駅の混雑は、東京メトロの通勤ラッシュを思い起こすものである。 人の動きに逆らわず同じ歩調で行動することがラッシュ時の心得であることを普段から会得している我々は、無事に永登浦駅に到着した。


 さて、ソウルの地下鉄のもう一つの欠点は出口案内が手薄なことではなかろうか?
 東京メトロの場合、この出口案内が徹底していると日頃より私は実感している。 出口番号の矢印に従って進むと、必ずや目的とする出口に出られるのだ。
 これに比しソウル地下鉄の場合、出口案内が手薄であるが故に途中で行き先を見失ってしまうのである。(単に我々がハングルに無知で、英語の読み取り力がなかっただけかもしれない場合、お詫びします…  それにしても数字は世界共通であるはずなのに、出口番号の数字が途中で途切れてしまうのだ。出口間近まで出口番号を掲げて欲しいものである。) 
 どうしても、ホテルへの帰り道である地下道ショッピングセンターへ辿り着けないのだ。私の判断でやむを得ず地上に出て、周囲の風景を確認しつつホテルへの道を推測することになる。
 それにしても、金曜夜の“副都心”永登浦の街は、まるで新宿か池袋のごとく若者をはじめ人また人でごった返していたものだ。


 結論として、ソウル地下鉄は東京メトロ同様“利用し易い”交通機関であることは間違いない事実である。
 今回のソウル旅行でこの地下鉄を利用したことが、我々親子にとってはソウルが身近な存在であることを実感できた最大の要因でもある。

 我々の“ソウル地下鉄珍道中”に、お声をかけて下さった現地ソウルの人はまだ他にも何人かいらっしゃる。
 皆さんが日本人である我々親子に暖かく接して下さったことに、心より感謝申し上げます!
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ソウル旅行記 -ASIA TOP GALLERY編-

2010年09月02日 | 旅行・グルメ
 (写真は、ソウルの北村韓屋村を観光中に発見した「ASIA TOP GALLERY」の宣伝幕。 参考のため、 北村韓屋村 とはソウルの伝統家屋が立ち並ぶ隠れた観光スポットなのだが、その伝統家屋を利用したお洒落で小粋な個人経営の美術館や博物館、骨董品店等が軒を連ねている韓国風情漂う“芸術の街”である。)


 今回のソウル旅行の最大目的である新羅ホテルに於いて開催された「ASIA TOP GALLERY HOTEL ART FAIR SEOUL」に、予定通り娘と共に足を運んだ。

 ソウルの新羅ホテルと言えば観光通の方はおそらくご存知の通り、各国の国賓も訪れる世界のVIP御用達の超名門ホテルである。
 新羅ホテル敷地内に「迎賓館」があるが、これは元々本当に韓国の迎賓館だった建物だそうで、現在は様々なイベントや有名人たちの結婚式が行われたりする宴会場として使われているようだ。 今月の5月には人気俳優チャン・ドンゴン氏の結婚式も挙行されたとのことである。 (私にとってはさほど興味がない話題なのだが…)


 この新羅ホテルへ我々親子はソウルの地下鉄を利用して向かった。
 地下鉄3号線「東大入口」駅を降り立ち、5番出口より地上に出ると「迎賓館」の立派な門が見える。 これをくぐって新羅ホテル構内に入るのだが、この道路には歩道がなくしかも道の両側にびっしりと違法駐車の車が列をなしている。 その隙間を車が高スピードで引っ切りなしに通過するため、歩行者がここを通行するのは命がけの状態である。 超名門ホテルたるものが、構内にこのような無法地帯を放置しているとはどうしたことか? それとも、そもそも新羅ホテルへ地下鉄を利用して訪れるのは我々のみか?と気付いてみると、構内を歩いているのは我々を含めた日本人観光客のみのようである。 このホテルは元々人が歩いて訪れる事を一切想定していないということなのか??
 
 何とか無事にホテルのロビーに辿り着いたところ、天井から吊るされたシャンデリアだけは豪華であるものの、世界に名立たる超名門ホテルにしては何とも狭いロビー内に宿泊客がごった返している。 とりあえずトイレを探したのだがロビーフロアのどこにも見当たらない。 化粧直しもかなわず(使い勝手の悪いホテルだなあ)との悪印象と共に、アートフェア開催フロアへエレベーターで直行することになる。

 さてアートフェアの会場フロアーに到着して気持ちを入れ直し、真っ先に招待状を頂いた 長はるこ先生 が出展する「B-gallery」の部屋へと向かう。


 ここで今回の新羅ホテルでのアートフェアの概要を説明すると、その会場はユニークにも一般客室なのだ! ホテルの3フロアーの客室を利用し、各国から参加した個々のギャラリーが一室ずつを利用し作品を展示しているのである。

 今回、アジア各国から参加しているギャラリーは総数で69。 参加国を紹介すると、まず開催国韓国が最多の42ギャラリー。 日本からは長はるこ氏のB-galleryを含めて11。 中国からの参加も多く、台湾、シンガポール、インド、インドネシア等、経済が急激に発展を遂げている国々からの参加が目立った。 そして、米国ニューヨークからの参加もあった。
 それぞれのギャラリーがホテルの客室を巧みに利用し、ベッドルームのみならず、玄関、洗面所、収納スペースも展示室に変貌させ独自のギャラリーの世界を演出している。
 今回のアートフェアは現代アートの展示であることが特徴なのだが、まさに今をときめくアジアの新鋭若手の芸術家による作品が各室ギャラリーに数多く展示されていた。 
 さすがにアジアトップレベルのアートフェアとあって、客室も通路もエレベーターホールも観客でごった返しているのだが、総じて若い世代の観客が多いのは、やはり展示されている作品の斬新さに比例しているのであろう。


 このアートフェアを観賞するに先立ち、我々親子はソウル二村(イチョン)にある韓国国立博物館を訪れた。
 この国立博物館のコレクションが膨大な数であり、常設展だけでもじっくり観て回ると丸一日を費やしそうだが、我々は時間の都合により駆け足での半日観賞だった。 (韓国もちょうど夏休み中のようで、子ども連れの家族や子ども達の団体に多く出くわした。) 
 
 国立博物館に於いては韓国の歴史を中心とした古代から近代までの所蔵品をはじめ、日本を含めたアジア諸国から収集したコレクションを観賞した。  一方、新羅ホテルでのアートフェアではまさに今を煌く現代アートに触れ、この日は芸術三昧の一日だった。


 連日の観光で疲れ気味の私は一足先にロビーに降りて休憩する事にしたのだが、その後芸術家志望の娘は客室ギャラリーの一部屋一部屋を丹念に観て回ったようだ。 ソウルの地でアジアのトップアートに触れた娘は、またひと回り成長してくれたに違いない。


  P.S.
 長はるこ先生、アートフェアへのVIP招待状を誠にありがとうございました。
 あの後VIPラウンジへ行ったのですが、混雑していて残念ながら無料飲料は飲み損ねましたが、「アートフェア要録」は頂いて帰りました。
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