原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

“学歴ロンダリング”と揶揄される前に自身のコンプレックスを打破するべく学業に励もう!

2021年04月18日 | 教育・学校
 今朝方、「学歴ロンダリング」に関するネット情報を見た。
 以下に一部を引用しよう。


「院だけ東大」で陰口も…“学歴ロンダリング”と揶揄される人たちの憂鬱

 2021/04/17 16:00  
 
 自身の出身大学よりも、レベルの高い大学院に進学する――。向上心が高い人に思えるが、最終学歴を“浄化”した「学歴ロンダリング」ではないかと、否定的な見解を持つ人もいるようだ。言われた当人が抱える事情や苦悩とは。
 30代の男性会社員・Aさんは、大学は私立大理系出身だが、大学院は東大を出ている。東大院に進んだのは、「学歴コンプレックスを払拭するためという理由もある」と正直に本音を明かしてくれた。
 「やはり国立大へのコンプレックスが強かったですね……。僕の地元では、卒業した私大はあまり知名度がなく、地元国公立大が『すごい』と思われる風潮があって、地元国立理系のいとこや親戚たちにマウントを取られるのが悔しかった」(Aさん)
 だが結局失敗に終わり再受験は諦めたAさん。一流企業への就職で挽回しようと考えていたが、それでは根本的な「学歴問題」が解決しないと考え、自分の出身大学ではなく国立大学の大学院への進学を思いついたという。
 「もちろん学費を安くしたいという思いもありました。私大に2年行くと250万円くらいかかりますが、国立なら半額の130万円くらいで済むので。院試に合格した時は、本当にうれしかったです。ただ、大学時代の知り合いからは、陰で『あいつ学歴ロンダリングしやがった』と言われていたようです」(Aさん)
 就職後にも「学歴ロンダリング」をいじられることがあった。慶應大院卒の上司が、Aさんを紹介する時に、「こいつ院だけ東大」「最終学歴は東大だけど、大学は違う」などと、わざわざ「大学院だけが東大」だという“いじり”を入れてきたそうだ。 (中略)
 そんなAさんは、「東大修士課程修了」という学歴を持ったことで、新たなプレッシャーも生まれたようだ。学歴コンプレックスは緩和されたが、「本当に自分はこの学歴に値する人間なのか」とその重さを思い知る機会が多くなったという。「内部生は本当に優秀な人が多くて、胸を張って東大とは言えない自分がいます」と語る。
 東大から私大院で「逆学歴ロンダリング」?
 私大文系から理工系国立大学の大学院に進学したことで、周囲から「学歴ロンダリング」を指摘される人もいる。IT企業で働く20代女性・Bさんだ。そもそも文系出身者が、なぜ理工系大学の大学院に進学したのか。
「理工系の大学には理系の専門分野しかないと思われがちですが、実は院には社会・人間科学系の研究室もあって、私が入ったところには、かなり私大文系卒の人もいたので、そんなに珍しくはなかったと思います」(Bさん)
 Bさんが大学院に進学した動機は、「すぐ就職したくなかったから」だという。とはいえ、フリーターとしてフラフラするわけにはいかず、大学院への進学を選択した。
 「まだ学生でいたい、就職したくないという気持ちがあったところに、どうせなら“ハク”を付けたいと思ったんです。私大文系とは真逆のイメージがある国立理系なら、全然知らない環境っぽくてワクワクしましたし、人に言うような時もインパクトがあるかなと思いました。あちこちで『学歴ロンダリング』とネタにされるんですが、『最終学歴は大切ですから~』と笑ってやり過ごしています。最初はモヤモヤしていましたが、慣れました」(Bさん)
 そうした声がある一方で、「逆学歴ロンダリング」と言われてしまった人もいる。東大文系から別の私大院に進学した30代女性・Cさんだ。周囲から経歴を指摘されることが多く、「面倒」だという。
 「自分が専攻したい分野に合った研究室を選んだだけなのですが、私の経歴を知った人は、『何で東大を出ているのにわざわざ?』という目線を送ってきます。『東大の院に行けなかったのね』と遠回しに言われたことや、『最終学歴が東大じゃなくなるの嫌じゃないんですか?』と直接的に伝えてくる人も。別に本人がいいなら、それでいいじゃないですか」(Cさん)
 Cさんは、最終学歴を重視しすぎる日本の風潮に疑問を抱いている。
「日本はとにかく“最終学歴”が好きです。学歴ロンダリングと揶揄されるのも、“最後だけ上書きした”というネガティブな考えからくるものでしょう。そもそも大学に入るよりも、大学院に入る方が簡単だと思われているのがおかしい。院試を受けたことも受けようとも思ったことがない人に、何を言われる筋合いもありませんけどね」(Cさん)

 (以下略すが、学歴ロンダリングに関するネット情報の一部を引用したもの。)


 私事に入ろう。

 この原左都子も最終学歴は“大学院修了”(「経営法学修士」を取得している)だが。
 私の場合は、2度目の大学3年辺りで大学院進学を考慮しただろうか?
 当初は当然ながら内部進学で大学内にある大学院進学を考えていた。

 ただ4年次に入ってから、その考えが変化し始めた。
 (自分で言うのも何だが、我が学力が予想以上に伸びたのがその理由だ。担当教官氏よりも“優秀学生”の異名を頂き、周囲の学生達もそれを認めてくれていた。)
 早速、大学院入試に向けて動いた。
 一応狙ったのは「一橋大学法学研究科」そして「東大法学研究科」である。
 担当教官に相談したところ「頑張って下さい!」との激励と共に、一橋の方は「担当教授の推薦書(1,000字程度)」が必要とのことで、私が自己推薦書を作成して持参したところ、「貴方は自己分析力に秀でていますね!」とのことでそれを丸ごと推薦書として仕上げて下さった。
 東大の方は推薦書が必要なかったため、教官には相談せずに願書のみを提出した。
 ところが、東大の方は「民事訴訟法」も試験科目の一つだったが、これの学習が間に合わず直前に受験断念した。
 一橋の方は受験したが、残念ながら合格通知が届かなかった。
 そんなこともあろうかと我が大学の大学院にも願書を提出していたのだが、それには合格通知が届き翌春入学した。(参考だが、我が大学院の入試問題が一番難解だった。定員が少ないため“難関大学院”と言えるかも??)

 後に思ったのは、これが大正解だったとの事だ。
 大学院とはまさに指導教官とのマンツーマン教育だ。(他のマンモス大学の実態は知らないが、我が大学(院)ではそうだった。) そのため指導教授との関係性が非常に強い。 大学からゼミで既に2年半の年月お世話になった担当教授に“優秀学生”のお墨付きを貰っていた私の大学院ライフは、実に安泰だった。 お陰で順風満帆に学問に励めたものである。 (参考だが、我が指導教授は後に“文化勲章・秋の叙勲”を受章されている。)

 
 “学歴ロンダリング”に関してだが。

 上記ネット情報内に書かれているように、「自身の出身大学よりもレベルの高い大学院に進学する――。向上心が高い人に思えるが、最終学歴を“浄化”した「学歴ロンダリング」ではないかと、否定的な見解を持つ人もいるようだ」

 この風評は私が大学院受験をした頃から、一般的に語られていた。
 故にこの私も敢えて東大大学院受験を回避したのは大正解だったか、と今現在尚思っているふしもある。

 まあ、とにもかくにも大学院にて学業に励む場合、将来の就職等々の“邪心”を優先するよりも学問の素晴らしさを堪能してはどうだろう。
 私の場合、既に医学分野にて“成功を収めていた”(今後とも医学が“食い扶持”と成り得る、との自負と余裕があったことも大きいが。)
 ゆったりした心的環境下で「経営法学修士」を取得できたことがラッキーだったと、今尚思ったりもする。 (高校教諭としてこの学業も数年間活かしましたよ!)