原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

日本の老人は何故 “幼稚” なのか??

2018年05月08日 | 医学・医療・介護
 ここのところ本エッセイ集に於いて、老人(高齢者)関係のエッセイ公開を多発中だが。

 そんな私は、先だって見つけた上記ネット情報の表題に惹きつけられた。
 (参考だが、同趣旨の記述物を他にも数多くネット上で再発見可能だ。)


 何故この表題に私が惹きつけらるのかと言えば、実際 “幼稚”な身内高齢者2名(実母と義母だが)に日々翻弄されているせいだ。
 “幼稚”とまで言ってしまうと語弊がありまた当該高齢者2名に失礼かもしれないが、現実問題その2名の世話を日々献身的に行っている身の私にとっては「この“幼稚”野郎どもめ!」と吐き捨てたい程に、我が感情としては “幼稚” という表現がピッタリなのだ。
 そもそも高齢域に達したからと言って、何故無条件に若年者に甘えるんだ!??  その“幼稚さ”からして私には理解不能だ。
 私は高齢域に達しても、決して(娘も含め)身内の世話にならないぞ! 今後の自己管理を今まで以上に徹底し、必ずや一人で我が人生を全うし一人静かにこの世を去りたいと志し、その準備作業を既に整えているつもりだ。 
 (前回のエッセイにて記述したが、遠い将来にもしかしたら「在宅医」のお世話になるかもしれない。 とは思えど、それを我が単独経済力で叶えるにはおそらく“財力不足”であり、あくまでも夢物語なのだろうが…)
 そうだとしても、絶対的に我が娘の世話にはならないとの決意は貫かねばならない立場だ。
 娘とほぼ40歳年齢が離れている私は、130歳頃まで生き抜いて我が娘に対するサリバン業をまっとうし続けたいものだ。 半ば真面目にその目標があるからこそ、この私はいつまでも強い母親でいられるのだろう。


 ネットにて最初に見た上記表題と同様の文面をコピーしていたつもりだったのだが、どうも喪失してしまっているようだ。
 
 そこで、「日本の老人は何故幼稚なのか?」に関し、先程見つけた同様内容のネット情報から一部を要約引用して以下に紹介しよう。

 2024年には「団塊の世代」がすべて75歳以上になる。
 団塊の世代はとにかく数が多い上に同質性が高く、かつ態度がでかい。 生まれてからずっと日本社会において最大の年齢集団だったわけだから当然だが。
 子どもの頃からつねにマーケットの方が僕たち(団塊世代)のニーズを追いかけてくれた。 僕らの世代に受けたらビッグビジネスになるんだから、どうしてもわがままになる。 自分たちのやりたいことをやっていると、世間がついてきてくれる。  他の世代との協調性がなくて、自分勝手な集団がそのまま後期高齢者になるわけだからね。 
 そんな団塊の世代の一人一人が高齢者になっても自立的な生活ができるような自己訓練が必要だと思う。 若い時から、自分で料理を作ったり、家事をしたり、育児をしてきた人は、自分が高齢者になっても、なんとか自立的な生活ができるし、介護されるような場合でも介護者の気持がある程度わかると思う。
 高齢者にとって最も大切な生活能力は、他人と共生する能力だ。 理解も共感もできない他人とも何とか折り合いをつけることのできる力だ。不愉快な隣人たちと限られた資源を分かち合い、共生できる力だ。
 でも、そういう能力を開発する教育プログラムは日本の学校にはない。 ひたすら子どもたちを競争的な環境に放り込んで、相対的な優劣を競わせてきた。 その同学齢集団のラットレースで競争相手を蹴落とすことで出世するシステムの中で生きてきた人間に高い生活能力を期待することは難しい。
 60歳過ぎてから市民的成熟を遂げることは不可能。 悪いけど、大人になる人はもうとっくに大人になっている。 その年まで大人になれなかった人は正直に言って、外側は老人で中身はガキという「老いた幼児」になるしかない。
 同世代の老人たちを見ても、いろいろ苦労を経て人間に深みが出てきたなと感服することって、ほとんどない。 これから日本が直面する最大の社会的難問はこの大量の「幼児的な老人たち」がそれなりに自尊感情を維持しながら、愉快な生活を送ってもらうためにどうすればいいのかということ。
 この「幼児的な老人」の群れは日本人が戦後70年かけて作り込んできたもの、誰を恨むわけにもゆかない。
 戦後社会は「対米従属を通じての対米自立」というそれなりに明確な国家的な目標があった。そして、この国家戦略は市民ひとりひとりが成熟した個人になることによってではなく、同質性の高いマスを形成することで達成されるとみんな信じていた。 その方が確かに作業効率がいいし組織管理もし易い。消費行動も斉一的だから、大量生産・大量流通・大量消費というビジネスモデルにとっては都合がよかった。だから、国策的に同質性の異様に高い集団を作ってきた。
 こういう同質性の高い集団というのは、「この道しかない」というタイプの斉一的な行動を取ることには向いているが、前代未聞の状況が次々と到来するという危機的な状況には対応できない。  そのつどの変化に即応して、「プランA」がダメなら「プランB」という臨機応変のリスクヘッジは、多様な才能、多様な素質をもった個人が「ばらけて」いることでしか果たせない。 多様性豊かな国民を育成するという方向には戦後日本社会はほとんど関心を持たなかった。
 (以上、「日本の老人は何故幼稚なのか」に関するネット情報の一部を要約引用したもの。)


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 上記に引用した文面は、今現在高齢域に達している“団塊の世代”に関して特異的に論評した内容のようだ。
 私(原左都子)は“団塊の世代”よりもう少し若い世代である。
 そうだとしても、団塊の世代とは若かりし頃より現在に至るまで大いにお付き合いがあった(ある)世代であるため、上記記述には異論・反論もあるものの興味深い内容だ。

 えっ、そうかなあ??
 若かりし時代の私にとっての“団塊の世代”の特に男性達は決して態度がデカくなく、今時の男どもよりずっと優しかったよ。 協調性も今現在よりもずっとあって、“合コン”などを企ててくれて楽しい青春時代を私は過ごしたのだけど…

 「若い時から自立して生きて来た人は、自分が高齢者になっても何とか自立的な生活ができるし、介護されるような場合になっても介護者の気持がある程度わかると思う。」との記述に関しては、私自身がその立場故にその通りだと思うよ。 
 ただ、“類は友を呼んだ”のだろう。 私が昔付き合った団塊世代の男性達のほとんどが同類だったため、今現在も私同様の人生を送っているのではないかと推し量れそうにも思うのだが…

 「戦後社会は“対米従属を通じての対米自立”というそれなりに明確な国家的な目標があった。」との記述に関しては、この私にも明瞭な記憶がある。 小学生時代の社会科授業など、まさに「米国に追いつき追い越せ!」だったものだ。
 ただ、当時のその教育が「団塊世代を“幼稚な老人”とせしめた」との“論理の破綻”とも言えそうな論理飛躍ぶりはどうしたことなのだろう?!?
 やはり、この問題、個人差が大きいとの結論に達するのではなかろうか?

 更には、「多様性豊かな国民を育成するという方向に戦後日本社会はほとんど関心を持たなかった。」との記述に関してだが。
 確かに、それらに関して日本の国家政権や日本の教育はその道を歩んだのは事実だろう。
 だが、それに抵抗し反発しつつ生き抜いて来た団塊世代も多い事だろう。
 この原左都子とて今後一生かけて“天邪鬼”を貫き、国家権力や日本の教育制度に関して異議申し立てを続行するつもりだし。


 要するに、年代に寄らず「老人」も多種多様という結論となろう。

 団塊の世代に限らず、若き時代より如何なるポリシーの下で如何なる選択をしつつ人生を積み重ねるかこそが、老後が“幼稚”な実態となるか否かの“分岐点” との結論が導けそうだ。

 標題に興味を持って引用したネット情報だったが、我が“幼稚”な2名の親族高齢者の今後の支援にとって、何らの参考にもならなかったネット文面だったなあ……