原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

アニバーサリー 1 (鮫のごとく)

2008年09月06日 | 自己実現
 本日9月6日で、本ブログ「原左都子エッセイ集」がちょうど1周年を迎える。
 そこで今回の記事では、私の1年間のブログ生活を振り返り、今後の展望をすることにしよう。

 いきなり話が飛ぶが、昨日のNHKの対談番組にミュージカル俳優の市村正親氏が出演したのだが、私はこの対談にのめりこんでしまい一時テレビに見入ることになった。単なる対談番組であるのに始終エンターテイメント性が半端ではない程プロ意識の旺盛な市村氏であるのだが、この対談によると市村氏の舞台活動は凄まじいものがあるのだ。出演する舞台と舞台の期間の合間もとらず、舞台本番最中の楽屋で次の舞台の台詞を頭にインプットするぐらいのハードスケジュールをご自身が好んでこなしていらっしゃると言う。(私もバレエ講演観賞等の趣味があるため、それがどれほど過酷なスケジュールであるかは想像できる。)

 そんな市村氏をある演出家が「鮫のような俳優」と表現したとのことである。“鮫”とはすなわち、泳ぎを休んだら死んでしまう魚であるため泳ぎ続けて生きてゆくという話はよく聞くが、市村氏ご自身もまったく同様に何十年間一時も休むことなく舞台人生に身を捧げていることをこの言葉は表現している。

 僭越ながら、私にも同様の習性があることを以前より自覚している。ただし子どもを持つ親の身である現在は、私が「私」としてその習性を表に出せる機会が激減し、慢性的な欲求不満を抱えざるを得ない現状ではあるのだが…。
 休みなど一切要らない、ずっと何かをしていないと落ち着かない感覚がこの私にも本能的にあることを、私は今尚認めている。 私が独身を長く続けて休む暇もなくあれやこれやと試行錯誤をしたのは、市村氏と同様の習性を持つためと再確認させていただけた対談であった。


 さて私のブログに話を移すが、私はこのブログを“ひとつの趣味”として捉えていることに関しては当ブログでも何度か記述しているが、位置づけとしてはそれには間違いはない。
 ところが、たとえ趣味とはいえ何事にも半端なことが許されない私の性分としては、ブログに関しても“鮫的習性”が陰を潜めていることに私自身が気付いている。

 ブログの執筆に関しては、既に私なりの法則を確立している。ご覧の通り、ほぼ一日置きのペースで1記事2000字(原稿用紙5枚)を目途に綴っている。この法則に関しては、私のブログを開設初期の頃からお読み下さっているあるブロガーの方からいただいた心強いアドバイスによるところが大きい。経済界の某大物が2000字の文章を毎日綴り続けていらっしゃるそうだ。その話に触発された私は、毎日は無理にしてもそれに少しでもあやかりたく考え、現行の法則を確立したという訳だ。このように執筆に関しては、たまにネタ切れで苦しむ時もあるが、1年間ほぼ順調にノルマは達成して来れたと言える。

 私のブログの趣旨は“自己のオピニオンの公開”にあるのだが、その公開性に関して頭を悩ませる機会が増えてきた。ご覧のように本ブログは記事に関するコメントを広く受付け、それに対して必ず返答をして更なる議論を展開するという形を採り、ブログの公開性を全うしようとしている訳である。この作業の日々の精神的、時間的な負担が正直なところ尋常ではないのだ。
 常に“鮫的習性”を発揮し続ける私としては、この作業を難なくこなしているかのごとくの外見を創出してはいるが、その舞台裏では夜も寝られず悩み込むこともよくあり、日常生活に差し障ることさえある。そこにはブログに振り回されてしまっている私が存在するのだ。こうなると、単なる趣味とは言えなくなってしまう。

 あくまでも生活の中の一趣味の位置づけとして何とか自分なりに整合性を採りたいと、現在思案中なのである。

 とは言え、コメントやメッセージという形で記事に対する直接的な反応を頂くことはやはりうれしいものだ。もしもコメントやメッセージを一切頂けなくなった時に、果たして私は“一人芝居”で1日置きに2000字を綴り続けられるのか自信はない。そのように考えると、やはり皆様から頂くコメントやメッセージに支えられて私のブログは成り立っていることが裏付けられるのである。

 悩みながらも、皆様からのコメント、メッセージという確かな反応に支えられつつ、やはり私は今後もひとつの趣味であるブログを“鮫のごとく”綴り続けていくのであろう。
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