30歳代半ばの独身時代の話であるが、某職場に研修のため2週間程お邪魔したことがある。
私の研修のために何人かの職員が指導に当たってくれたのであるが、その中のひとりにT氏がいた。
T氏は同年代の独身なのだが、見た目がマッチョ系のスポーツマンタイプでいかにも女性にモテそうな雰囲気の男性である。私としては研修をお世話になる立場でもあるし真面目に研修に励んでいたため、T氏に対して特別“下心”を抱くということではなかった。
2週間の研修の終了時に、お世話になった職員の方々が居酒屋で私の「送別会」を催してくれた。T氏を含めて7、8名の職員の方々が出席してくれたのであるが、その中にM氏もいた。
M氏は私の研修とは直接かかわりのない部署の職員であるため、少し見かける程度だった。中肉中背の男性で外見的には特に目立つタイプではない。M氏はT氏と親しいため、この「送別会」に便乗出席してくれたようだ。
当然ながら、まずは研修で直接お世話になったT氏を含む職員の人たち何人かと盛り上がって話をしていた。
会合も半ばを過ぎ、皆が席を立って自由に移動し始めた時、M氏が私の横にやってきた。そして私に語りかける。「あなたが準備室で勉強をしているのをよく見かけた。」と。そうなのだ。研修の空き時間に、某準備室が空いているのを発見してそこで一人でよく自習に励んでいた。その時にM氏が何度か通りかかったのを、私の方も透明硝子のドア越しに見たけたことがある。M氏は「その時のあなたのロングヘアが印象的だった。」とも言ってくれた。
M氏との談話が続くのだが、このM氏が何とも味わい深い人物なのだ。私はどんどんM氏の世界に引き込まれて二人で語り合っていると、M氏から、思春期で感受性が強い高校生の時に母を亡くした話が出た。人生において何よりも辛い思い出であることを語るM氏の情感深さが決定打となって、この時私はM氏に対して一線を越えた感情を抱いてしまった。
そして1次会はお開きとなり次は2次会なのであるが、私とT氏と職場長そしてM氏も参加した。職場長は年齢も立場も別格であるためちょっと隅に置いといて、当然のごとく後の独身3人で盛り上がった。この時に気付いたのだが、どうもT氏は私に感心を持っていたようなのだ。お酒の勢いも借りてずい分と積極的にモーションをかけてくる。私としてはT氏ではなくM氏ともっと語り合いたいのだが、直接お世話になったT氏を無視する訳にもいかない。
2次会の終了時に、私とT氏、M氏の三人で近々また飲みに行く約束をした。
その後もやはり、味わい深い人格の少し“はかなげ”なM氏の印象が私の脳裏から離れない。これはもはや恋愛感情である。早くM氏に会いたい思いばかりが募る。
そして間もなく三人で再開したのだが、こうなると申し訳ないが私にとってはT氏は“お邪魔”な存在でしかない。
ところが、やはりT氏が私に対して積極的なのだ。私としては何とかM氏とツーショットで話したいのだが、T氏のモーションに圧倒される。M氏もT氏の私に対する心情に気付いている様子で遠慮気味だ。これが仕事抜きで知り合った関係ならば、私としても自分の気持ちに素直にきっぱりとした態度がとれるのだが、何分T氏とは仕事上お世話になった間柄でもあり、私の方も中途半端な対応になってしまう…。
そんな私にとって何とも中途半端で欲求不満が募る飲み会も3次会を経て、時は既に夜中である。朝の電車の始発まで最寄のT氏の家で3人で仮眠することになった。
2DKの部屋の一室に男性2人、もう一室に私が寝ることになって横になっていると、T氏が部屋に入ってきて私の体を求めてくる。もう30代も半ばで恋愛経験も海千山千の私にとっては想定内とも言える出来事だった。
(私を求めて欲しいのはあなたじゃなくて、M氏なのに…)と本当に口に出して言えばよかった…。
やはりお世話になった遠慮から言えずに、ただただ拒否した。ここでT氏に体を許す訳にはどうしてもいかない。拒否を押し通したのではあるが、二人ですったもんだしているのに、隣室のM氏が気付かない訳がない。
M氏と一つ屋根の下で取り返しのつかない醜態を晒してしまった私はどうしても涙が止まらず、ひとり部屋で泣き続けた。
電車の始発の時間になり、私はT氏に「帰ります」と一言だけ告げて、一人でひっそりと部屋を出た。M氏は最後まで寝ているふりをしてくれていた。
始発電車に乗って乗客がまばらな中、私の目からは涙が止めどなく溢れ出る。
一言M氏に私の思いを伝えたかった…。 すれ違いの切ない恋の思い出である。
私の研修のために何人かの職員が指導に当たってくれたのであるが、その中のひとりにT氏がいた。
T氏は同年代の独身なのだが、見た目がマッチョ系のスポーツマンタイプでいかにも女性にモテそうな雰囲気の男性である。私としては研修をお世話になる立場でもあるし真面目に研修に励んでいたため、T氏に対して特別“下心”を抱くということではなかった。
2週間の研修の終了時に、お世話になった職員の方々が居酒屋で私の「送別会」を催してくれた。T氏を含めて7、8名の職員の方々が出席してくれたのであるが、その中にM氏もいた。
M氏は私の研修とは直接かかわりのない部署の職員であるため、少し見かける程度だった。中肉中背の男性で外見的には特に目立つタイプではない。M氏はT氏と親しいため、この「送別会」に便乗出席してくれたようだ。
当然ながら、まずは研修で直接お世話になったT氏を含む職員の人たち何人かと盛り上がって話をしていた。
会合も半ばを過ぎ、皆が席を立って自由に移動し始めた時、M氏が私の横にやってきた。そして私に語りかける。「あなたが準備室で勉強をしているのをよく見かけた。」と。そうなのだ。研修の空き時間に、某準備室が空いているのを発見してそこで一人でよく自習に励んでいた。その時にM氏が何度か通りかかったのを、私の方も透明硝子のドア越しに見たけたことがある。M氏は「その時のあなたのロングヘアが印象的だった。」とも言ってくれた。
M氏との談話が続くのだが、このM氏が何とも味わい深い人物なのだ。私はどんどんM氏の世界に引き込まれて二人で語り合っていると、M氏から、思春期で感受性が強い高校生の時に母を亡くした話が出た。人生において何よりも辛い思い出であることを語るM氏の情感深さが決定打となって、この時私はM氏に対して一線を越えた感情を抱いてしまった。
そして1次会はお開きとなり次は2次会なのであるが、私とT氏と職場長そしてM氏も参加した。職場長は年齢も立場も別格であるためちょっと隅に置いといて、当然のごとく後の独身3人で盛り上がった。この時に気付いたのだが、どうもT氏は私に感心を持っていたようなのだ。お酒の勢いも借りてずい分と積極的にモーションをかけてくる。私としてはT氏ではなくM氏ともっと語り合いたいのだが、直接お世話になったT氏を無視する訳にもいかない。
2次会の終了時に、私とT氏、M氏の三人で近々また飲みに行く約束をした。
その後もやはり、味わい深い人格の少し“はかなげ”なM氏の印象が私の脳裏から離れない。これはもはや恋愛感情である。早くM氏に会いたい思いばかりが募る。
そして間もなく三人で再開したのだが、こうなると申し訳ないが私にとってはT氏は“お邪魔”な存在でしかない。
ところが、やはりT氏が私に対して積極的なのだ。私としては何とかM氏とツーショットで話したいのだが、T氏のモーションに圧倒される。M氏もT氏の私に対する心情に気付いている様子で遠慮気味だ。これが仕事抜きで知り合った関係ならば、私としても自分の気持ちに素直にきっぱりとした態度がとれるのだが、何分T氏とは仕事上お世話になった間柄でもあり、私の方も中途半端な対応になってしまう…。
そんな私にとって何とも中途半端で欲求不満が募る飲み会も3次会を経て、時は既に夜中である。朝の電車の始発まで最寄のT氏の家で3人で仮眠することになった。
2DKの部屋の一室に男性2人、もう一室に私が寝ることになって横になっていると、T氏が部屋に入ってきて私の体を求めてくる。もう30代も半ばで恋愛経験も海千山千の私にとっては想定内とも言える出来事だった。
(私を求めて欲しいのはあなたじゃなくて、M氏なのに…)と本当に口に出して言えばよかった…。
やはりお世話になった遠慮から言えずに、ただただ拒否した。ここでT氏に体を許す訳にはどうしてもいかない。拒否を押し通したのではあるが、二人ですったもんだしているのに、隣室のM氏が気付かない訳がない。
M氏と一つ屋根の下で取り返しのつかない醜態を晒してしまった私はどうしても涙が止まらず、ひとり部屋で泣き続けた。
電車の始発の時間になり、私はT氏に「帰ります」と一言だけ告げて、一人でひっそりと部屋を出た。M氏は最後まで寝ているふりをしてくれていた。
始発電車に乗って乗客がまばらな中、私の目からは涙が止めどなく溢れ出る。
一言M氏に私の思いを伝えたかった…。 すれ違いの切ない恋の思い出である。