幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第二十八回
「いや! それは、やめておこう。奴は奴だからな。迷惑はかけられん」
『その人は、元大臣でノーベル賞をとられた方じゃ?』
「ああ、そうだ。国民栄誉賞とかもな。今や名誉町民で、社長らしい」
『そんな偉い方なら、ましてや、ですね』
「ああ、そういうことだ。やはり、私達で考えよう」
『はい…』
二人は、ふたたび押し黙り、考え始めた。
その後は結局、一時間ばかりが経過したが、これというアイデアは二人とも浮かばず、その日はお流れとなった。上山が、いいアイデアが出れば呼び出すということで二人(一人と一霊)は別れたのだが、非常に難易度が高い問題を解く感覚にも似て、二人にはまったく目星がついていなかった。
次の朝、上山はいつもと同じ様に田丸工業へ出社し、幽霊平林は霊界の住処(すみか)で霊界万(よろず)集を前に熟考しながら漂っていた。上山は上山で通勤中もいいアイデアはないかと模索していた。この日は車を駐車場へ置き、態々(わざわざ)、時間がかかる電車で会社へ向かうくらいだった。すんなりと車で行けば事足りるのだが、時間をかけた背景には、運転の要を避け、神経を集中させたい思惑があったのである。
霊界番人が云う無の社会悪、すなわち社会正義とは、ある意味、善を押し通す心の偏見ではないのか…と、電車に揺られながら上山は思った。人間は黒くもなく白くもなく、悪でもなく善でもない、その融け合う妙味ではないのか…と。どちらも極まれば、それはそれで間違いとなり、すべての人間が受け入れられないものになるに違いないと、また上山は巡った。云わば、人間の世界は適度な灰色で成立していて、その明度の限界値を越えれば、人はそれを社会悪として罰するのだと…。そう思いつつ、ふと上山が列車窓の風景に目を遣(や)れば、早や、降りる駅が近づいていた。
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