あんたはすごい! 水本爽涼
第四十七回
「どうです? その後、例の話は…」
帰り際、警備室の禿山(はげやま)さんに呼び止められた。そういえば、あの日以来、そのことについては一切、話していなかったのである。警備室へ入れて貰った日に、『楽しみにしとります』と云われたことを、すっかり忘れてしまっていた。それが、二、三日に一度は禿山さんに会っていたにもかかわらず、何も話さず、会釈のみで通過していたのだ。私は、そのことを、声をかけられたことでこの時、思い出し、茫然としてその場で氷結してしまった。こりゃ拙(まず)いぞ…と瞬間、思った。
「いやあ、参りましたよ。あれからいろいろとありましてねえ。禿山さんにその都度、お話すればよかったなあ…。どうも、すいません」
私は笑って暈した。
「いやいや、お忙しかったんですから…。私などはいつでもよろしいんですよ、お暇な時で…」
禿山さんは相変わらず照かった丸禿頭から輝かしい仏様のような後光を放って笑った。
「え~と、それでしたら、次の晩勤務の日はいつでしょう?」
「今が、これですから…明日の夜から朝にかけて…。ということは、明後日(あさって)の朝ですねえ」
「あっ、そうですか。でしたら、この前のように明後日、少し早めに出勤しますので、その折りにでも…」
「楽しみにしとります」
禿山さんは、あの日と同じ言葉を云うと、ニコリと笑った。紅潮した赤ら顔が夕日に見えた。
第四十七回
「どうです? その後、例の話は…」
帰り際、警備室の禿山(はげやま)さんに呼び止められた。そういえば、あの日以来、そのことについては一切、話していなかったのである。警備室へ入れて貰った日に、『楽しみにしとります』と云われたことを、すっかり忘れてしまっていた。それが、二、三日に一度は禿山さんに会っていたにもかかわらず、何も話さず、会釈のみで通過していたのだ。私は、そのことを、声をかけられたことでこの時、思い出し、茫然としてその場で氷結してしまった。こりゃ拙(まず)いぞ…と瞬間、思った。
「いやあ、参りましたよ。あれからいろいろとありましてねえ。禿山さんにその都度、お話すればよかったなあ…。どうも、すいません」
私は笑って暈した。
「いやいや、お忙しかったんですから…。私などはいつでもよろしいんですよ、お暇な時で…」
禿山さんは相変わらず照かった丸禿頭から輝かしい仏様のような後光を放って笑った。
「え~と、それでしたら、次の晩勤務の日はいつでしょう?」
「今が、これですから…明日の夜から朝にかけて…。ということは、明後日(あさって)の朝ですねえ」
「あっ、そうですか。でしたら、この前のように明後日、少し早めに出勤しますので、その折りにでも…」
「楽しみにしとります」
禿山さんは、あの日と同じ言葉を云うと、ニコリと笑った。紅潮した赤ら顔が夕日に見えた。