残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣③》第十三回
静で双方が構える場合、眼を閉ざしていても、ほぼ見ることが出来るのだが、周囲を回る相手となると、その姿が分からず、当然、相手の位置も分からないのである。長谷川との稽古で、漸く動く相手の位置は掴めるようになっていた。いつの間にか、受け手は左馬介、打ち込み手は長谷川、そして眺め役が鴨下という図式が決まりごとのように定着した。時を同じくして、左馬介の受け技は盤石の安定感を示すようになっていった。正確に云えば、隙そのものが全くと云っていいほど失せたのである。このことは、道場以外の場合、命を守る身の熟しが完全近くまで高められたことを意味した。十本が十本とも返されては、長谷川もそれを認めざるを得ない。
「おいっ、鴨下。一度、お前がやってみるか?」
「えっ? 私が…。では、無骨ながら一度、やらせて貰うとしますか…」
そう云うと、鴨下は左馬介と長谷川の申し合いを、観ていた通りに真似て、やってみるか…と心中で算段した。この男、鷹揚な性格ゆえか、事の重大さが今一つ分かっていない。長谷川は冗談の積もりで軽口を叩いたのだ。それを真に受けた節がある。左馬介は笑うのは失礼だと思え、ぐっと我慢して耐えたが、云った当の本人の長谷川は、腹を抱えて大笑いした。