水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣③》第十三回

2010年10月06日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣③》第十三
 静で双方が構える場合、眼を閉ざしていても、ほぼ見ることが出来るのだが、周囲を回る相手となると、その姿が分からず、当然、相手の位置も分からないのである。長谷川との稽古で、漸く動く相手の位置は掴めるようになっていた。いつの間にか、受け手は左馬介、打ち込み手は長谷川、そして眺め役が鴨下という図式が決まりごとのように定着した。時を同じくして、左馬介の受け技は盤石の安定感を示すようになっていった。正確に云えば、隙そのものが全くと云っていいほど失せたのである。このことは、道場以外の場合、命を守る身の熟しが完全近くまで高められたことを意味した。十本が十本とも返されては、長谷川もそれを認めざるを得ない。
「おいっ、鴨下。一度、お前がやってみるか?」
「えっ? 私が…。では、無骨ながら一度、やらせて貰うとしますか…」
 そう云うと、鴨下は左馬介と長谷川の申し合いを、観ていた通りに真似て、やってみるか…と心中で算段した。この男、鷹揚な格ゆえか、事の重大さが今一つ分かっていない。長谷川は冗談の積もりで軽口を叩いたのだ。それを真に受けた節がある。左馬介は笑うのは失礼だと思え、ぐっと我慢して耐えたが、云った当の本人の長谷川は、腹を抱えて大笑いした。


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