協定などというものは、平穏な世界事情が保たれている上で成立するのだということを、ここ数年の情勢変化によって麦無(むぎなし)は身を持って知らされることになった。世界の情勢が安定している頃はよかった…と、麦無は、しみじみ思うのである。
世界に食糧危機が起きたのは、気象の激変により地球が急激に高温化したことによるものだった。この原因は人為的な温室効果ガスによるものではなく、天体的な周期で地球が繰り返す高温化によってである。当然、麦無が休耕地にした田畑で焼却した枯れ草の熱によるものではなかった。
気象変化は各国の食糧ブロック経済体制を派生させることになった。どの国も自国民の防衛のため、食糧及び食料輸出を停止させたのである。関税がどうたらこうたら、どうのこうのと言っている場合ではない・・ということである。さあ! こうなれば、どうなるか。賢明な皆さんにはお分かりだろう。我が国にも必然的な食糧及び食料危機が起こったのである。過去のオイル・ショックによるトイレットぺーパーの売り切れ事態などとは比較にならない凄(すさ)まじい食糧及び食料の争奪戦が人々によって起こされることになった。特に人口の密集した都会では著(いちじる)しく、食料品販売の関係店舗は暴徒に襲われ、打ち壊された。江戸時代の大塩平八郎の乱のようなものである。この事態が、都会の各地で頻発(ひんぱつ)した。たちまち、政府は危機に立たされた。
「もしもし、麦無ですが…。はいっ! えっ!? 政府の… はいっ! はあ…はあ…」
突然、麦無に政府高官から電話がかかってきた。休耕地に麦を植えてもらえないか・・という政府からの直接の依頼だった。
「はいっ! 植えますとも!」
麦無は快諾(かいだく)した。かなりの収入が見込めることが、麦無の心を動かしたのだ。
「あの…それでですね、ご相談なんですが…お肉で支払ってもらえませんかね。私、今、美味(おい)しい焼肉が食いたいんですよ」
話は細かな折衝(せっしょう)の末、纏(まと)まった。電話が切れたあと、麦無は財布の中に入った紙幣や貨幣をしみじみと見た。お金は、いくらあっても食べられない…と、無学の麦無は身をもって知らされたのである。
「植えますとも!」
誰もいない部屋で、麦無は独りごちた。
THE END
最新の画像[もっと見る]