幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第八十七回
「ふ~ん、ついに成果も完成の域だな…」
独り言を吐き、いつものB定を食べながら上山は呟いた。
上山が食堂でテレビを観ている頃、霊界の幽霊平林の身に異変が起こっていた。幽体離脱という現象で、幽霊平林は御霊(みたま)となり霊魂平林という状態に変化したのである。要は、蝶が幼虫から蛹(さなぎ)になったようなもので、動態には変わりがないものの、完全に一段階、昇華したのである。ただ、他の御霊とは、やはり異(こと)なり、まだ自分の意志で人間界へ現れることは可能だった。普通の御霊が人間界へ移動するには、霊界の許可が必要だった。いわば、無断出入国に相当するのである。平林の身の変化は突然で、幽霊平林自身も、そのときは思わず唖然とする以外には、なかった。ただ、意識が遠退く訳でもなく、辛い思いをするでもなく、その現象はスムースに起き、そしてスムースに終了したのである。
『僕も一ランク昇格して、やっと霊界の者? …霊界の者というのもなんだけど、…ともかく一歩前進みたいだな』
霊魂平林はユラユラと住処(すみか)の上を漂いながら、ボソッと、そう呟(つぶや)いた。この身の変化を一刻も早く上山に伝えねば…と、霊魂平林は思った。で、深く思慮することなくそうすると、人間界は平日の昼間で、当然のように上山は家にはいなかった。霊魂平林は素早く上山の会社へと瞬間移動した。この移動できる要領は、幽霊だった頃と少しも変わっていない…と、霊魂平林は安心して思った。会社へ現れ、ユラユラと流れながら上山を探したが、人が多く要領を得ない。そこで、ともかく上山の課内で待てば…と、霊魂平林は課長席の上で待機することにした。この今はフワリフワリと漂う幽霊体とは違い、ユラユラと流れる霊魂である。上山が席に戻るまで、そうはかからないだろう…と平林は課に掛った大時計を見ながら思った。案の定、上山は十五分ばかりも霊魂平林が流れていると戻ってきた。もちろん、上山にはすでに彼の姿は見えていないから、声をかける以外、自分の存在を認識させることは出来ない…と霊魂平林は思った。
最新の画像[もっと見る]