あんたはすごい! 水本爽涼
第百回
しかし、その嫌な気分も、すぐにふっ飛んだ。ひとまず背広のポケットへ入れた携帯が激しく震動し始めたのである。当然のことで、着信音が出ないようバイブにしてあったからだが、私は急いで携帯を耳にした。
「あのさあ…今、書くもの、持ってる?」
「え、ええ。云って下さい…」
「そぉ~う? じゃあ、云うわよ」
私はママが云った電話番号を、手持ちの名刺の裏へメモった。
「助かります。どうもお手数をおかけしました。また寄りますので…」
「まあ、満ちゃんだからね、サービスしたのよ。忘れた頃に寄るんじゃないわよ! ほほほ…」
嫌味で釘を刺したママだが、多忙のため、ここのところみかんに行けてなかったのは確かだった。それはともかく、首尾よく沼澤氏の電話番号を聞き出せた私は、さっそく電話をかけようとした。その時、運悪く私の前枠のドアが開き、誰かが入る音がした。小ならまだしも大だから、これは手間どるなあ…と判断した私は、トイレから撤収することにした。緊急を要する! ということでもなく、まあ、昼休みにでも屋上でかけるか…と、この場は一端、断念したのである。
昼はすぐにやってきた。いつもは行きつけの店へ出るのだが、この日は行かず、社員食堂で軽く済ませて屋上へのエレベーターボタンを押した。
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