嘆(なげ)く状況とは、物事を悲観的に捉(とら)え、アレコレ有ること無いことを想像する場合に起こる心の叫びである。いいように解釈したり楽観する性格の方には嘆きの方から遠ざかるだろう。^^
九話はそんな心が嘆く状況を描いた四方山話(よもやまばなし)である。^^
とある有名作家の自宅である。朝から雑誌社の番記者が訪れ、応接室で作家の原稿の仕上がりを待っている。
「すいませんねぇ~いつもいつも…。うちの人、どうも筆(ふで)が重いものですから…」
作家が庭の松の剪定中などとはとても言えないから、妻は適当に暈(ぼか)した。
「ははは…気にしないで下さい。ちゃ~~んと、その辺(あた)りは心得ておりますからっ! 先生、庭ですねっ!?」
的(まと)を見事に射(い)られ、暈した妻は一瞬、ギクッ! とした。
「よ、よく分かりますわねぇ~」
「ははは…奥さん、私、何年、ここへ通ってると思ってるんですっ!? もう、20年ですよっ!」
「そんなになりますっ!?」
「なります、なります。大なりですよっ!」
そう番記者が言ったとき、作家が呼ぶハンドベルの音がした。
「怪(おか)しいわねっ! 庭にいたはずなのに…」
妻が訝(いぶか)しく思ったのには訳があった。作家がハンドベルを鳴らすときは、原稿が仕上がったときだったからである。妻が急いで書斎へ向かおうとしたとき、応接室へ作家が入ってきた。
「あ、あなた…」
「待たせたねっ! これ、今日のぶん…」
作家はブ厚い原稿の束(たば)を番記者へ手渡した。
「ああ、そうだ。明日(あす)と明後日(あさって)のぶん書いてあるから、君もゆっくり骨休みしなさいっ!」
「あ、有難うございますっ!」
御(おん)の字の番記者は、作家に深く一礼すると原稿の束を鞄に入れ、イソイソと応接室を後(あと)にした。いつも嘆くのは妻だけで、作家と番記者は嘆いていなかったのである。
嘆く内容というのは、思っているほど嘆く必要がないという、ただそれだけの四方山話でした。^^
完
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