残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣③》第二十五回
「葛西の千鳥屋におられる。山上懇意にしておるし、五郎蔵一家との騒動のこともあり、主(あるじ)、喜平の肝煎り宿でな、宿賃無用という訳よ」
「それは好都合で…」
「葛西の町医者が時折り、薬草を持って診に参るがな。霞飛びで、消えられることもある」
そう云うと、樋口は相好を崩した。
「樋口さんは、やはり使い走りですか?」
「それは、今迄もそうだったからな。影番はお役御免になるまで続くだろう…」
樋口と話すと、いつも枝葉末節に話が流れる。結局、緊急を要するほどの容態でないことは左馬介にも分かった。しかし、樋口が来た状況を冷静に考える限り、幻妙斎の容態は前回のように尋常でないことは確かなのだ。ここは一度、先生のご様子を見に行かねば…と左馬介は思った。
樋口は左馬介と暫く世間話をした後、長谷川や鴨下に挨拶することなく帰っていった。稽古場へ戻ると、二人はもう止めたとみえ、いなかった。一人、稽古場にいても仕方ないから、左馬介も面防具と竹刀を元あった所へ戻し、稽古場から退去した。