有馬は湯に浸かりながら雑念を湧かせた。ああ、いい湯加減だな…という雑念ではない。^^ 俺は今年で七十五になる。俺の寿命はいつまでだろう…という雑念である。
「いいお湯ですな、有馬さん…」
一緒に来た同じ老人会の鹿尾が、隣から赤ら顔で小さく声をかけた。
「ああ…いい湯加減ですな…」
二人が露天風呂に浸かってから、すでに十五分ばかりが経っていた。
「鹿尾さんは、今年でお幾つになられました…」
「ははは…有馬さんより二つ上になります…」
「といいますと、七十七ですか…」
「はい、喜寿で…」
「それは、お目出度い…」
「お目出度いかどうか…」
「ははは…『門松や 三途の川の一里塚 目出度くもあり 目出度くもなし』ですか…」
「さようで…」
「お互い、今を明るく過ごしましょう。ははは…」
有馬は、寿命は考えても仕方がないか…と、浮かべた雑念を忘れることにした。
完