世の中の動きは本人の意思に関係なく動いていく。その動きに抗(あらが)う者は挫折し、従う者だけが世の中に溶け込んでいくのである。抗うこともなく、かといって従う訳でもない者は、ただ世の中の流れの中で浮かぶ木の葉のように流されていくだけだ。鏑矢(かぶらや)も流れに浮かぶ木の葉のように、ただ流されて生きる男だった。
『鏑矢さん、専務がお呼びです…』
内線が課長席に座る鏑矢の耳に聞こえた。秘書課の藤尾美香からだった。美人の美香は若い男性社員達の中でマドンナ的存在として獲得合戦の的になっているOLだった。
「分かりました…」
いつもの図太い鏑矢の声が緊張で高くなっていた。鏑矢もすでに三十路に入り、そろそろ身を固めるか…と思う年齢になっていた。そうは思う鏑矢だったが、世の中の流れは鏑矢のそんな思いとは関係なく、日々の仕事の雑念で日々を重ねさせていった。鏑矢は思い切って美香に電話した。
「あの…専務のところへ持っていくファイルなんですが…」
『えっ!? 私には分かりません…』
攣(つ)れない返事が内線電話で返ってきた。鏑矢の矢は反れたのである。鏑矢の心に、世の中はそんなに甘くないな…という雑念が巡った。
世の中の人と人は,そんなに甘く結びつかないのです。^^
完