水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

SFユーモア医学小説 ウイルス [96]

2023年04月18日 00時00分00秒 | #小説

「ははは…まあ、こんなもんだよ」
 蛸山はガックリと肩を落とした訳でもない元気な声でそう言った。だが本心は、かなりガックリしていて再起不能状態だった。
「なんと言ったらいいか…」
 海老尾としても受賞を確信していたからか、返す言葉がすぐ見つからない。
「私はどうも、賞に縁遠いようだ…」
「いや、これは…何かの手違いでしょう。世界を救った所長をノーベル賞にしない世の中なんてのはどう考えても妙ですっ! 所長、もうウイルス研究はやめにしましょう!!」
「ははは…馬鹿なことを言うんじゃない。私達は国立微生物感染症化学研究所の職員なんだよ、海老尾君」
 蛸山は、今日は噛まずに上手く言えたな…と思いながら海老尾を窘(たしな)めた。
「すみません、つい、興奮して…」
「いや、正直なところ、私も少し予想外だったのは確かだ…」
「ですよね。世界を救った研究の第一人者を外(はず)すというのは、どう考えても合点がいきません…」
「合点がいかなくても、これが現実なんだから…。私達は研究を続けるしかないんだよ、海老尾君。出世や名声は研究する者にとって無用だと、今回の件は教えてくれたんじゃないか?」
「まあ、所長がそうおっしゃるなら、そうなんでしょうが…」
 今一つ合点がいかない海老尾は、怒りが収まらない声でそう言った。
「海老尾君、今日は残念会だ、一杯やろう!」
「はいっ!」
 笑顔の蛸山に、海老尾は涙を流しながら返した。
 ところが、世の中とは奇妙な世界である。何がそうさせたのかは分からないが、その次の日、事態は急変した。蛸山がノーベル生理学・医学賞の受賞者として追加発表されたのである。
「ぅぅぅ…所長!!」
「海老尾君っ!!」
 感激の大声を上げ、二人は、しっかと抱き合った。
「ははは…今日は、残念会の取り消し会だっ!」
「はいっ!」
 二人は、笑顔でしっかと握手した。

                   続


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