水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思いようユーモア短編集 (95)粗忽(そこつ)

2021年02月04日 00時00分00秒 | #小説

 落語ファンの方ならよくご存じかと思うが、古典に[粗忽(そこつ)長屋]という演目(えんもく)がある。粗忽とは早い話、ポカミスのことである。ポカミス…これも分かりづらい言葉だから、もう少し分かりやすく言えば、うっかりした間違いだ。慎重にコトを進めていれば何の問題にもならなかったものが、ついうっかりと粗忽な行動で動いたために、そのコトがダメになったりする訳である。ものは思いようで、慎重にコトを進めていれば失敗は防げたのだ。ただ、粗忽のお蔭(かげ)でコトがスムースに運んで成就した・・というようなことも、あるにはある。今日は、そんな粗忽で起きた例外的な、いいお話である。^^
 とある街の証券会社である。一人の男が片手の指を二本立てて笑顔で証券マンと話をしている。
「いや! 今日は急ぐから、これだけ買っといてよっ! 頼んだよっ!!」
 そう告げると男は慌(あわ)てて証券会社から出て行った。そのとき男は、うっかりと粗忽なミスをしたことに、まったく気づいてはいなかった。笑顔で指二本立てたのを見た証券マンは二万株と勘違いしたのである。男は二千株をっ! という意味で指二本を立てて示したのだが、証券マンは二万株と思ったのだ。この証券会社では指一本立てれば一万株との決めが暗黙の了解事項となっていた。だが、男はそのことを知らず、粗忽にも指を二本、立てたのだ。男は、まさか二万株は買わないだろう…と軽く思った訳である。
「おい! 二万株の買いだそうだ…。値がさ株じゃなく高値で推移してるっていうのに、二万株かよっ!」
「まあまあ…。やっこさん、買えるから買ってくれって言ってんでしょっ!」
「ああ、まあな…。でも¥二千万だぜっ!」
「¥二千万ですか…。ははは…あるとこにはあるんだな」
 その数日後である。男は蒼ざめた顔で証券マンと対峙(たいじ)していた。
「ど、どうすんだっ!!」
「知りませんよっ! お客様が買ってくれって言ったから買っただけなんですからっ!!」
「お、俺にはそんな買う金はねえぞっ!!」
 男は慌てながら喚いた。
「そう言われましてもねぇ~。買ったものは支払っていただかないと…」
 そのとき、別の証券マンがガナり始めた。ガナるとは、興奮した状態で喚(わめ)き散らす様子である。
「た、大変ですっ!!」
「どうしたってんだっ!」
「ち、中東の紛争が合意して終結するそうですっ!!」
「それがどうしたっ!」
「あの二万株、ストップ高で…」
 別の証券マンは興奮のあまり言葉を失い、指を三本立てた。この証券会社の指三本は¥三億の儲(もう)けを指すのである。
「なにっ!! ということは、二万株が¥二千万だから、差し引き¥二億八千万の儲けかっ!?」
「はい、そうなりますっ!」
「ははは…そういうことだそうです、お客様っ!」
「ははは…俺もそうなると思ってさっ!」
 男の態度は急変し、俄(にわ)かに億万長者っぼい話口調になった。
 これが粗忽のお蔭でコトがスムースに運んで成就した・・という一例である。ものは思いようで、粗忽で好転するケースもあるから、粗忽が悪いと一概(いちがい)に決めつけるのは間違いなのかも知れない。^^


                       完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする