困ったことに、貧困の時代を切り抜けた日本が今、その苦しかった時代を忘れようとしている。その時代を知っている人々は忘れることはないだろう。だが、戦後七十余年を経て、貧困だった戦後の一時代を知っている世代が減少し、貧困を知らない豊かな時代に育った世代が増えるに従い、日本の貧困は過去のものになりつつある・・と、まあ、言いたいが、実はそうではなく、日本は相変わらず貧困が続いているのである。えっ! そんな馬鹿なっ! とお怒りの方も、次のお話を読んでいただければ得心がいくことだろう。^^
とある小料理屋で二人の男がカウンターで小皿の酒の肴(さかな)を食べながら飲んでいる。
「親父さん、熱燗、もう一本っ!」
「尾串(おぐし)さん! 飲み過ぎですよっ!」
「そうだよ尾串、親父さんの言うとおりだっ! 五本目じゃないかっ!」
「馬鹿野郎! これが飲まずにいられるかっ! だいたい、今の日本は貧困を忘れるとるっ!」
「貧困って、今の日本が? ははは…こんないい暮らしをさせてもらってるのにっ? お前、どうかしてるんじゃないかっ? 飲み過ぎっ! 飲み過ぎだよっ!」
「馬っ鹿! 俺はちっとも酔っちゃいねえやっ! 本当(ほんと)のことを言ってるだけだっ!」
「? よく分かんねぇな。どういうこと?」
「だって、そうじゃねえか。よい暮らし? そりゃ、こうして飲んで食えるいい時代さっ! しかしだっ! 国は赤字国債を発行し続け、累積債務は千兆越えてるって言うじゃねえかっ! 千兆だよっ! 豆腐の千丁じゃねえぞっ!」
「そんなこたぁ、分かってるよっ! お前、やっぱ酔ってるっ!」
「いや、酔っちゃいねえ! 金借りていい暮らしなら誰だって出来るっ! 俺だって出来るっ!」
「まあ、そりゃそうだが…」
「だろっ!? 金借りていいもの着て、いいもの食べて、いいとこに住むなんて誰だって出来るっ! それが今の貧困の日本さっ!」
「なるほどっ! いいこと言いなさる。酔っちゃいませんね、尾串さん! これは私の驕(おご)りで…。でも、もう、これっきりですよっ!」
店の親父は尾串に熱燗(あつかん)を一本、サービスしてカウンターへ置いた。
「ぅぅぅ…親父さん、貧困、分かってくれるかいっ! ぅぅぅ…」
「えっ!? ええ、ええ…」
泣き始めた尾串を見て、店の親父は怒るか泣くか、どっちかにしてくれっ! と思ったが、むろんそんなことは言えず、笑って流した。
本当の貧困は姿を現(あらわ)さないから、忘れることになるのかも知れない。皆さん! 私達は貧困そのものなんですよっ!^^
完