残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《霞飛び②》第二十一回
やや小さめの掠(かす)れ声が部屋内より響いた。左馬介は幻妙斎はいるとは踏んでいたものの、やはり直(じか)に言葉を受けて、ギクッ! とした。幻妙斎は静かに続けた。
「獅子童子の鳴き声で儂(わし)がいると思うたか?」
障子越しに響く声は、冷静そのものである。左馬介は、ここは答えない訳にはいかない…と、思えた。
「あっ、はいっ!」
「左様か…。庵(いおり)でこのようにして、そなたと話を致すのは初めてじゃったな?」
「はい、確かに…」
「それで、新たな太刀筋は如何じゃ?」
「はい、そのことでございますが…。今のところ、未だこれという形には…」
「なるほど…。まあ、気長に焦らず、ゆったりと取り組むがよかろう。期限とて別段、設けておらぬでな」
そう云うと、幻妙斎は軽く笑った。
「はいっ、有難うございます」
左馬介の言葉が終った時、獅子童子が俄かに起きだした。そして、その巨体にも拘(かかわ)らず、俊敏な動きで走り去った。