夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

世にも不思議な参院の議員宿舎の新建設・・♪

2007-04-07 17:56:37 | 時事【政治・経済】等
先程、ネットのニュースを見ていたら、世にも不思議なことで、
私は唖然としている・・。

【 「格安」批判の飛び火警戒=新宿舎建設で参院関係者 】

という見出しで、私は定年退職後の三年生の身であるので、
ボケたせいか、解からず戸惑っている。

時事通信の配信記事で、無断であるが、転記させて頂きます。


参院の新・議員宿舎の建設をめぐり、関係者はやきもきしている。
「格安」批判にさらされて、大量の入居辞退者を抱える衆院の赤坂宿舎同様、
家賃の設定次第では、世論の指弾を受ける可能性があるからだ。
今夏の本格着工を前に、衆院側の混乱の飛び火しないように神経をとがらしている。

計画によると、東京・千代田区にある清水谷宿舎が老朽化したため、
隣接地に地上16階地下2階建ての新宿舎を建設する。
全80戸で1戸当たり79平方メートル。
7月に本格着工し、2009年6月に完成する予定だ。

周辺は有名ホテルや料亭などが並ぶ、都心の一等地。
同規模の民間マンションの月額家賃は、50万円程度が相場とされている。
新宿舎の家賃は今後検討するが、
問題となった衆院・赤坂宿舎(約82平方メートルで月額9万2000円)並にすれば、
再び「格安」批判が起きる恐れがあり、
参院事務局も『厄介なことにならなければいいが』と気が気ではない。

以上が、時事通信に寄る配信記事の全文である。


私は衆院の新宿舎が一部空室となっているので、
参院の入居希望者も、衆院の空き部屋に入ればよいと思ったりしている。
そして、衆参の合同宿舎とする。
こうして不足の場合は、止む得ず建設する。
国家の厳しい財政の折、小学生の幼児でも解かることである。

問題の家賃であるが、衆参ともに民間相場の50%が望ましい、
と思ったりしている。
唯、議員の中には、月の家賃が25万円となるので、
生活が困窮する方達は、選挙民の人々から毎月それぞれの人々から、
清き百円玉の支援を受けるのもひとつの方法である。

私の基本的な思考は、
議員の方達は、秘書、交通、通信、光熱、水道代等の手当・免除の多大な特典もあるが、
国民から信頼され選出されたので、常に国益を考え国民の為に死力を尽くす、
と固く信じている。

権力と責務はバランスよく一体なのが、議員と思っている。

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私なりの『沖縄』の悲劇とは・・!! ②

2007-04-07 16:25:40 | 時事【政治・経済】等
第二次世界大戦の中で、日本は各地が頻繁に空襲に遭われ、
各地で甚大な災害、死者が数多く出された・・。

とりわけ、広島と長崎は空前前後の原子爆弾という核による新兵器の投下により、
多大な被害を受けて、被災地が復旧しても、
今日まで心身共に深く痛ましい傷跡を残している。

沖縄の場合は、諸島の全般が戦地となった上で、
何より住民の方達まで戦いにまきこまれ、アメリカ軍の圧倒的な軍事力の中で、
地上は焦土と化し、虐殺まで行われ、
そして味方であり、守る立場の日本軍の一部に寄る、
住民に対しての自害の進めである。

結果として、日本の各地で戦争に寄る悲惨な出来事は数多くあったが、
あたかも日本列島の防波堤となった沖縄諸島、そして住民まで戦場と化した地上戦にまきこまれ、
戦火に散った人々の事実を知れば知るほど、
例え戦争を知らない私さえ、心の傷を今でも負っている。

そして私は、沖縄に対しては、後ろめたい心を何時も持っている。

敗戦後は、アメリカの占領下となり、軍事基地が大半となった。

その後、沖縄県自体は日本に返還されたが、
沖縄の地理的条件が、もうひとつの悲劇をもたらしている。

日本の敗戦後、アメリカとソ連の2大巨人国の冷戦、そして中共の建国・・
こうした軍事的視点だけでも、アメリカの軍備上、沖縄本島は欠かせない地理的条件となっている。

国際政治は、各国の国益に基づいて、怜悧に交渉、実施されているので、
私は平和ボケでないので、外交の破綻の時は、最悪の場合は戦争になる。
その前提条件とし、国家の安全に於いて、外交を協議する時には、
それなりの抑止力として、自国の軍備は必要と認識している。

このことは世界の歴史を顧みれば、おのずと理解できる。
平和ボケ、他力本願の人々は、他国から占領され、隣人が殺され、
やがては自分の家族が惨殺されても遅いのである。

私なりの沖縄の悲劇とは、
戦時中は沖縄諸島自体が戦場となり、住民までまきこまれ過酷な実態。
そして現在も国際政治の軍事上、必要悪であるが、
欠かせない地理的条件に位置する沖縄本島である現実である。

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私なりの『沖縄』の悲劇とは・・!! ①

2007-04-07 15:08:37 | 時事【政治・経済】等
私は早朝から、沖縄について思いを馳(は)せている・・。

私は東京の郊外で、敗戦の一年前の昭和19年に生を受けて、
戦争という悲惨な出来事は知らない身である。

小・中学校で沖縄に関しては、教科書などで知り、
高校時代に歴史に興味を持ち、沖縄に少し解かりかけた。

二十歳を過ぎた頃、中野好夫・新崎盛暉の両氏に寄る『沖縄問題20年』(岩波新書)を読んで、
私なりに沖縄を心の隅に置くようになった。

そして、昭和の全般史として、『ドキュメント昭和史』全8巻(平凡社)を
30歳の頃に読み、
敗戦前後の沖縄の状況を改めて教示を受けたりした。

これ以前の沖縄の歴史の概要としては、
藤野邦夫・著の『幸せ暮らしの歳時記』(講談社文庫)を精読し、理解した。

無断であるが、氏の書かれたことを借用すると、
下記のように明示されている。


先史時代の『沖縄』の文化は、
九州地方の縄文文化と深い掛かり合いを持ちながら、進展したといわれている。
しかし、縄文時代の後期あたりから、
日本と中国の文化的影響を受けながら、独自性を強めていったものと思われる。

かっての『琉球(りゅうきゅう)』という名称は、中国人の命名であり、
8世紀の日本の文献には『阿児奈波(おきなわ)』という文字で表現されているという。

ここに『琉球王国』が成立したのは、1429年(永享一年)のこと。
しかし、1609年(慶長14年)に、
徳川家康の承認を得た薩摩藩(鹿児島県)に攻略され、
王制をとりながら幕藩体制に組み込まれた。

明治政府が出来て、日本が近代国家として出発すると、
琉球王国の帰属を明確にしょうとする動きが顕著(けんちょ)となった。
しかし、琉球側に統合に反対する勢力があり、
中国(清)の異議申し立てもあって、事はうまく進展しなかった。

明治政府が軍隊と警察力を投入して、王宮・首里城の明け渡しを迫り、
『沖縄県』の設置を宣言したのは、1879年(明治12年)4月4日。

沖縄県では、この日が『沖縄県誕生の日』とされている。

中国側との問題は、日本が『日清戦争』に勝ったことで消滅した。


以上、無断で引用させて頂きました。


私が長々とこうした事例を取り上げたのは、
第二次世界大戦の中で、日本と沖縄の関係を明確にした上で、
過去の歴史によくある強国は、隣接する地域、或いは国自体を
属国化にしてきたと同様に、
いかに日本は沖縄列島地域を強奪したのかを、
未知の人達に知って欲しかったのである。


                      《つづく》
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私がこのサイトに綴(つづ)る時・・♪

2007-04-07 11:55:00 | 定年後の思い
私は定年退職後の三年生の身であり、年金生活をしていて、
文章を綴ることが好きなので、日頃感じた思いを真摯に綴っている。

最初は『日記』形式で色々と投稿してきたが、
随筆として第三者にも読むに耐えられるよう、
私なりに努力してきたつもりである。

私はこのサイトに綴る時は、数多くの方達にお読み頂きたく、
また同じ内容かと、あきられるのを避けるために、意識的に各分野にわたり綴ることをしてきた。

そして、読みやすくするために、背景の画面も色々と改定したり、
論文、小説と違い、改行も多くしている。

最近の私は、4月4日に『私なりの『沖縄』の悲劇とは・・!!』を2回にわたり投稿したが、
これは明らかに失敗と後悔をしている。

私の【風のように光のように】のサイトには、相応しくなく、
他の50万以上加入しているサイトに投稿すればよかった、
と思っているのである。

相応しくない理由は、時事を綴ったところで、
会員数も少なく、つたないなりに真摯な思いで綴ったところでも、
銀河の星くずと消えてしまうからである。

こうした思いを感じ、それぞれの分野を綴る時、
改めてサイトの選定は必要と思っている。



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新聞に添付される、気になるチラシ・・♪

2007-04-07 08:46:00 | 定年後の思い
東京の郊外、快晴の朝を迎え、日中は15度前後の春めいた日となる。

先程まで、NHKのニュースを掛けながら、新聞をゆっくりと読んだりしていた。

このあとは、新聞に添付された広告のチラシを見たりしているが、
金曜と土曜日は特に多い。

自動車のチラシは、退職後の免許書更新を辞退した身なので、まずは対象外となる。

家電量販店に関しては、購入予定品がある時は、気になるが、
今のところは必要ないので、除外している。

マンションなどの住宅のチラシは、この一年は気になり、
瞬間的に興味を持った物だけは、二週間ほど保存し、
精読したあとは資源ゴミとして新聞紙と同様に手提げ袋に入れている。

私は建築後30年近い古びた一戸建てに住む、この間は修理、補強等を行っている。
そして、ときたま庭の手入れなどをしている。

私は定年退職後の三年生であり、庭の手入れで身体が負担となった時、
或いは健康を害した時は、止む得ずマンションに引っ越そうと思ったりしている。

私達夫婦は、どちらかが身体が支障を感じた時は、老人看護付きのマンションに移動、
と日頃から話し合っている。

このような状況であるので、東京駅まで1時間以内、
駅から徒歩十分以内で、雑木林の主体の公園のような中に建っているマンションなどを考えている。
こうしたのがあるようで、中々見当たらないのが現状である。

私が一番望ましいのは、このまま住み続け、70代半ばに体調を崩し、
入院を1週間した後、亡くなるのが理想だが、
こればかりは天上の神しか解からないことである。

パソコンの量販店のチラシは、私は精読する。
パソコン自体は昨年の秋に新調したので、
余り気にならないが、デジカメと周辺機器進化に驚き、ため息を付いたりしている。

このように広告のチラシを見ていると、
ときには30分前後の時もあり、我ながら驚いたりしている。


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