今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

冷し中華!

2008年05月17日 | 歳時
5月(夏期の初め)になったら、冷し中華の”食べ初(ぞ)め”を恒例行事にしている。
夏の風物詩の冷し中華だが、冷し中華が夏にしかメニューにないのは差別だとして、1975年「全日本冷し中華愛好会」(全冷中)が結成されたのは記憶している。
冷し中華が好きな私はその気持ち・意気込みに共感こそしたものの、決して同調はしなかった。

私は季節感を大切にしたいので、冷し中華はソーメンとともに夏期以外には決して食べない、という信念をもっているのだ。
同じく、「鍋焼きうどん」(名古屋では「味噌煮込みうどん」)は冬期以外には食べないし、「餅」に至っては”1月中”に限定している。
言い換えれば、だからこそ冷し中華は夏を迎えるための重要な儀式の役割を担っている。

それで冷し中華の食べ初めだが、
毎年、今まで食べなかった店を選んで注文することにしている(東京に限定。名古屋での麺食は世界で名古屋だけの”あんかけスパ”に絞っている)。
つまり、時期的に食べ初めるだけでなく、その店の冷し中華を初めて食べることでもある。
そこで幸福な経験をすれば、この夏はいい夏になるという一種の占い的要素をも兼ねているのだ。

しかし、これは冒険(ギャンブル)でもある。
なぜなら、冷し中華は当たり外れの振幅がおそらくラーメンの数倍も大きいからだ。
たとえば、ラーメンなど他のメニューは合格だったので、その店で冷し中華を注文してみたら、失望だったという体験を過去幾度もしてきた。
昨年は、ネットで冷し中華をアピールしている店を選び、わざわざ電車に乗ってその店に冷し中華を食べに行ったのだが、結果的に失望させられた。

それに懲りて、今年は冷し中華を目的とせずに、通常の買物ついでに立寄れる店にふらっと入ることにした。
今回の帰省では秋葉原に買物があったので、その地で目をつけていた店に入ることにした。
東京の住人なら、電気製品の部品を買う秋葉原は、もともとは食事するに値する所ではいということは周知だった。
それでもここ数年、街全体が大衆化したおかげで、それなりに個性的な食べ物屋ができ(遠来客が秋葉記念のために並ぶ「じゃんがらラーメン」など)、私自身、買物ついでに昼食をとるようになっていたので、運命を託してみようという気になったのだ。

今日選んだ店は、すでに冷し中華以外のメニューでは合格の店。
11時半、開店最初の客として入った。
冷し中華系にはいくつか具の違いから複数のメニューがあるが、一番シンプルな「冷し中華」を頼んだ。

数分待って出てきたそれを見て、早くも後悔した。

冷し中華の評価はまず、トッピング(具)から始まる。
私にとって、トマトと果物は減点対象。
これらのアイテムが冷し中華の味覚的組合せに入ることは私には考えられない。
トマトは単独でそのまま食べた方がましなので、どうしても出したければ、別の皿に出してほしい。
それから個人的嗜好で鳥肉は決定的。
茹でた鳥肉のさっぱりした食感が、冷し中華に合いそうなことは客観的には理解できる(豚や牛よりも)。
だから減点とするには忍びないが、私は鳥肉というアイテムそのものがダメなので、申し訳ないが、それだけで合格対象でなくなる。
最近は冷し中華に鳥肉が載ることが多いので、頼む時、鳥肉が入っているか確認することがあるのだが、今回はそれを怠ったのが悔やまれる。
他のトッピングはオーソドックスなもので問題はない。

鳥肉を外して、食べはじめる。
次の評価は麺とつゆ。
麺はもちろん固めであること。
ここのは少なくとも軟らかすぎではない。
つゆは中華風のゴマだれが好きなのだが、オーソドックスな醤油味でも評価はさがらない。
しかしここのつゆは、酢が強く、まるでところてんの汁のように酸っぱさが残る。
これは好みの問題かもしれないが、私には酸っぱすぎ。

これが今年の食べ初めの結果だ。
う~ん、今日のは無かったことにしたい。

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