冬季になると、室内が乾燥して、皮膚や呼吸器への悪影響、さらにはインフルエンザウイルスの活性化をもたらす。
なので、加湿器などで生活空間(室内)に水分を補給した方がいいが、その加湿器は室内のどこに置くのがいいか。
とりわけ、鉛直軸上の位置、すなわち床面からの高さが気になる。
はたして床面に近い方がいいのか、顔の高さあたりがいいのか、もっと上がいいのか。
加湿器から出るミスト(肉眼で見えるから水蒸気ではない)は、勢いよく上に噴出するが、よく見ると蒸発(気化)する高さ付近で、噴水のように下がり気味なのが見える※。
※:水滴が蒸発する瞬間、周囲から熱を奪って気温を下げる。夏に使う冷風扇はその原理を利用している。なので冷風扇を加湿器として使えないこともないが、効果が強すぎて暖房とバッティングする)。
これだけを見ると、上の方に置いた方がよさそう。
ただし、肝心なのはその後の見えなくなった水蒸気の挙動だ。
室内にふんだんに供給される水蒸気は、室内空間の上・下どちらに集まるのかわかりづらい。
肉眼で見えない水蒸気は、室温のように肌で感じることもできないから。
そこで物理的な計測である。
まずは湿度なら、手持ちの温湿度計で測れる。
ただし、そこで計測される相対湿度は、飽和水蒸気圧に対する空間の水蒸気圧の比(%)で、分母たる飽和水蒸気圧は気温の関数で、気温が高くなるほど高くなる。
たいていの室内は、特に暖房を入れている場合は、天井に近くなる程気温(室温)が高いので、水蒸気の量(圧)が同じでも温度が高く(=分母が大きく)なるにつれて湿度は下がってしまう※。
※:なので、逆に(相対)湿度だけを純粋に上げたいなら、室内空気を冷却すればいいだけ。
すなわち、湿度計が示す相対湿度は、水蒸気の量そのものを示してはいないのだ。
そこで、気象予報士にして計測マンである私は、海外製のハンディ気象計(Kestrel)で、単位空間当りの水蒸気量(絶対湿度)の指標とされる混合比(=水蒸気/乾燥空気1kg)を計測する。
幸い暖房を入れていない今、Kestrelを床面に置くと気温21.9℃で混合比が8.86g/kgと出た。
そして書棚の最上部(天井近く)では気温が22.0℃で混合比は9.24g/kgとなった。
明らかに床面より天井近くの方が混合比が高い(混合比のほかに私が好きな露点温度を測っても、同じ傾向だった)。
ということは、水蒸気の室内分布は、上層ほど水蒸気が多いということだ※。
※:厳密にいうと混合比も露点温度も気圧の影響を受けるが、室内の床と天井との2mほどの気圧差は無視できる。
これは、0.1℃の気温差でも分かるとおり、暖房を入れていない状態でも、室内は微妙な温度成層が形成されていて、それを実現するためのゆるい上昇流が存在する※といえる。
※;その論拠は、曲がりなりにも質量が0でない水蒸気が下層より上層に多いことによる。
水滴から蒸発した水蒸気は、水滴ほどに重くないため自重で下降しない(水蒸気が上昇してできる雲を見てわかる通り、水蒸気は空気中で簡単に上昇する)。
ということで、室内の水蒸気は上に集まるので、人間の身体を水蒸気に晒すためには、加湿器は床面に置いておくとよいことがわかる。
ただし、冷風扇のように冷却効果が強い場合は、下降流となるので、高所に置いた方がよい。
ちなみに、水蒸気は空気を入れ替えない限り、空間内で保存される。
追記:「みはりん坊W」※という製品は、珍しくも(容積)絶対湿度(g/m3)を測定し、インフルエンザウイルスが活性化する乾燥状態になると警告を発してくれる国産の製品で、これを所持していたことに気づいた。
※定価3200円と家庭用温湿度計に比べると高価だが、ここに示すように計測器としてのレベルが高い。
その説明書には、インフルエンザウイルスの活性の推定も、相対湿度ではなく絶対湿度による方が正確という学術的根拠が示されている。
言い換えると、世間の相対湿度による温湿度計は、その活性についての不正確な情報しか提供できない。
実際、この「みはりん坊」による絶対湿度(製品では「乾燥指数」と称している)でも、部屋の床面が低く、天井近くは高かった。
それにしても、東京宅の室内は、加湿器を使わないと常に警告状態(7.0g/m3以下。基準は生気象学会に基づく)だ。
ちなみに、この「みはりん坊」は熱中症の指数(WBGT)※も測ってこちらも警告を出してくれるので、夏も使える。
※:定義上は黒球温度と湿球温度と気温に基づいて計算される。ただしこの製品はかさばる黒球を使わないで生気象学会のデータに準拠して指数を算出。
私からすると、インフルエンザ感染と熱中症の予防のために、一家に一台あっていい製品だ(「みはりん坊ミニ」はもっと安い)。