今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

西鎌倉の寺社参り:大仏、長谷…

2023年12月03日 | 東京周辺

東鎌倉、北鎌倉と訪れたので、今回は西鎌倉の番(「北鎌倉」以外は私が勝手に呼称)。
鎌倉の中心軸を鶴岡八幡宮・若宮大路・鎌倉駅のラインとすると、その西側は江ノ電沿線であり、鎌倉大仏と長谷観音、そして極楽寺がある。

私が鎌倉を最初に訪れたのは小学校低学年時の家族日帰り旅行で、記憶にあるのは、鶴岡八幡宮、大仏、長谷観音の3つ。
大仏と長谷観音は、寺格で言えば北鎌倉の建長・円覚両寺に劣るものの、観光スポットとしてはむしろこちらの方が有名。
とりわけ鎌倉大仏は、鎌倉唯一の国宝仏であり、”大仏”としての知名度と美的価値の高さでは、奈良東大寺の大仏に次ぐ位置にある。
その意味で、「鎌倉といえばまずは大仏」と言って差し支えない。


鎌倉駅で混雑している江ノ電に乗り換え、3つ目の「長谷」で下車。

踏切を渡って、観光客の列が続く狭い道路を北上する。
このあたりの外食店は「しらす丼」(しらすは相模湾で採れる)がメインなので、私もいつもの”駅そば”や五目焼きそばではなく、ここではしらす丼を昼食としたい。
店に入って、「生しらす丼」にするか「釜揚げしらす丼」にするか迷ったが、日本人にありがちな生食嗜好よりも、私はリスク回避を優先することから後者を選ぶ。
※:もちろん生食による食中毒のリスク。
ご飯の上にどっさり盛られた釜揚げしらすに満足。


さて、大勢の観光客に混じって高徳院の入り口で拝観料を払い(300円)、晴天の下、露座の大仏と対面。
もちろん小学校以降幾度も訪れているが、いつ見ても絵になる、というより誰が撮っても絵葉書的な絵になりすぎ(写真)。
せっかくなので久しぶりに胎内にも入る(50円)。
胎内の内側から見ると、750年前の製造とは思えぬ精巧な工法に改めて驚嘆する(関東大震災で損傷し修復済)。

大仏(阿弥陀如来)の御姿を購入。
また大仏のミニチュアも複数パターン販売されているが、私が小学校の時に土産物屋で買って今でも持っているそれ(最小サイズ)に比べて、造りのレベルが明らかに劣化している。
いくら仏像フィギュアが好きな私でも、レベルが低すぎて買う気になれない(これらよりハイレベルな鎌倉大仏ミニチュアをすでに3体持っているし)。
たかが土産といえど、なぜこうも造りが劣化してしまったのか(中国製の精巧な仏像フィギュアを好んで集めている身からすれば、”中国製”は言い訳にならない)


来た道を戻って、右折して長谷観音こと鎌倉長谷寺に向かう。
門前はちょっとした門前町を形成しており、土産物屋に並んで文化財級の木造老舗旅館もある。

400円の拝観料(Suicaなど可)を払い、石段を登った高台の阿弥陀堂には、中尊の阿弥陀如来の脇に、私が好きな真新しい金色の如意輪観音像もある。
堂内には西洋人女性が一人静かに腰掛けていた。

その横に並ぶ本堂の大きな長谷観音(十一面観音)を見上げ、本堂横の観音ミュージアム(収蔵庫)に入る(300円)。
前立観音とその三十三応現身像がなどがあり(撮影可)、特に観音は江戸期の作にしては造形が精巧(写真)。

高台の境内からは、由比ヶ浜海岸が見渡せる。
石段下の弁天窟に入って、弁天様に供える願掛け用の米でできた硬い餅状の弁天像を購入し(300円)、私は願掛けはしないので持ち帰って、自宅の弁天様(妖艶な中国製)の前に供えた。


長谷観音からさらに西に進み、御霊神社に達する。
本殿周囲には庚申塔や御嶽(おんたけ)信仰の石碑、海から持ってきた霊石を祀る石上神社もあるのだが、境内は撮影禁止となっていて、御霊神社なので霊障を恐れて撮影はしなかった。

ここからさらに西に向かい、虚空蔵菩薩が祀られている無人のお堂に立ち寄り、さらに極楽寺切り通し上にある成就院にも立ち寄る。
坂の上にある門前から振り返ると、由比ヶ浜海岸が見下ろせる(写真)。
鎌倉のほとんどの寺社を訪れた私でも御霊神社からここまでは初めて。


切り通しを下って、江ノ電の極楽寺駅を過ぎると極楽寺に達する。
潜り戸から境内に入れるが、残念ながら宝物館は閉館していた。
極楽寺は、鎌倉では一二を争う仏像の宝庫で、ここが一番楽しみだったのだが、それが見事に叶わなかった。
掲示によると、宝物の公開は春(4末〜5月4週)と秋(10末〜11月4週)の2季に限定され、しかもその期間中の火・木・土・日のみで、しかも雨天は休み。
今年の秋の公開は先月でおしまい。
事前に確認すべきだった。
本堂に参拝したほかは大師堂の如意輪観音を拝み、トイレを借りただけ。

寺の近くにある導地蔵は、堂内に安置されていて室町時代の作なのに保存状態がいい(こういう路傍の仏像もそれなりの質に達しているのはさすが鎌倉)。

極楽寺の仏像を見れたなら、次はいよいよ最後の”南鎌倉”に、と思っていたのだが、極楽寺に再訪(リベンジ)することを誓って、門前にある江ノ電の駅から鎌倉に戻った。