宿での明け方、壁に目をやると、クワガタ虫ほどの大きな虫が壁に止っているのが見えた。
長い足を動かして、ゆっくり移動している。
窓は閉め切っていたのに、どこから侵入してきたのか。
壁に停まっているままならいいが、こちらに飛んできたらいやだなと思いながら、また眠りについた。
そしてまた目が覚め、壁に目をやると、あいかわらずその虫が足を動かして移動しているのを見た。
やっと起床して、壁に近づいてよくみると、虫に見えていたのは、絵を懸けるフックだった。
それが虫の胴体に見えたのだ。
だから、足に相当する部分は本来存在しない。
見たモノを一旦虫と認めると、長い足が見え、足を動かして虫が移動しているように見えたのだ。
存在しないモノが見え、しかもそれが動いて見える。
虫だという思い込みが脳内のトップダウン処理によって、虚構の視覚が構成される…。
これほどリアルな錯覚経験ははじめてだ。