□ 柳原白蓮(1885-1967 歌人)
王政はふたたびうつり十八のもみぢちるころ吾は生れし
(明治18年10月15日生まれ)
◇ 今日11月23日は、職場の日帰りバス旅行。
お隣の福岡県へ行ってきました。
□ 大分自動車道、別府湾PA
はるか海の向こうにうっすらと四国佐田岬半島
□ うっすらと雪を頂いた由布岳(車内が窓に反射しています)
□ 向こうに小さく湯布院の街(車内の反射で見えにくいですね)
◇ 午前中は飯塚市の「旧伊藤伝右衛門邸」
午後からは、甘木市の秋月城址の紅葉の散策でした。
今回は、柳原白蓮ゆかりの「旧伊藤伝右衛門邸」です。
□ 邸宅に歩く道すがら…またまた「ヒメツルソバ」
□ 邸宅の入口
◇ 旧伊藤伝右衛門邸は、筑豊の炭鉱王伊藤伝右衛門の邸宅です。
敷地面積2,300坪、床面積が300坪の2階建ての木造建築物です。
和洋折衷の調和の美が、この建物には随所に見られます。
ここで伊藤伝右衛門と白蓮は約10年暮らしました。
いずれも生い立ちから破局までが複雑で、
私みたいな鈍感な男には、理解しがたいお話ばかりなので、
詳細は省略させて下さい。
□ 邸宅と庭園
◇ 恋に生きた大正三美人の一人と呼ばれている柳原白蓮(本名子あきこ)は、
私はあまり知らなかったのですが、絵に描いたような美人には間違いないですね。
失礼ながら、竹久夢二画伯の美人画よりもはるかに美しく思えますのは、
私だけでしょうか。
◇ ちなみに大正三美人は、通常次の三人の女性と言われるそうです。
九条武子 歌人で才色兼備
柳原白蓮 歌人で情熱的恋に生きた
江木欣々 新橋の芸者
□ 厨房(この写真の後、邸内撮影禁止に気づいて…)
◇ もう少し勉強していけばよかった…観光地でよく後悔すること。
「旧伊藤伝右衛門邸」の近くには「白蓮館」といって、
彼女の生涯や歌人としての彼女を紹介されているギャラリーがあります。
次に行く機会があれば、是非訪れてみたいと思います。
□ こじんまりとしたパンフレット
◇ 伊藤伝右衛門は、あの明治時代特有の、大陸よりも広い度量を持った男。
私なんかの正反対の世界、雲の上の人です。
□ 私の好きな言葉の一つ。。。
◇ 駐車場への戻りの道で、薔薇の花を見つけました。
□ かなり大輪ですが、品種は不明。
(una poesia di oggi)
ひるの夢あかつきの夢夜の夢 さめての夢に命細りぬ 柳原白蓮
王政はふたたびうつり十八のもみぢちるころ吾は生れし
(明治18年10月15日生まれ)
◇ 今日11月23日は、職場の日帰りバス旅行。
お隣の福岡県へ行ってきました。
□ 大分自動車道、別府湾PA
はるか海の向こうにうっすらと四国佐田岬半島
□ うっすらと雪を頂いた由布岳(車内が窓に反射しています)
□ 向こうに小さく湯布院の街(車内の反射で見えにくいですね)
◇ 午前中は飯塚市の「旧伊藤伝右衛門邸」
午後からは、甘木市の秋月城址の紅葉の散策でした。
今回は、柳原白蓮ゆかりの「旧伊藤伝右衛門邸」です。
□ 邸宅に歩く道すがら…またまた「ヒメツルソバ」
□ 邸宅の入口
◇ 旧伊藤伝右衛門邸は、筑豊の炭鉱王伊藤伝右衛門の邸宅です。
敷地面積2,300坪、床面積が300坪の2階建ての木造建築物です。
和洋折衷の調和の美が、この建物には随所に見られます。
ここで伊藤伝右衛門と白蓮は約10年暮らしました。
いずれも生い立ちから破局までが複雑で、
私みたいな鈍感な男には、理解しがたいお話ばかりなので、
詳細は省略させて下さい。
□ 邸宅と庭園
◇ 恋に生きた大正三美人の一人と呼ばれている柳原白蓮(本名子あきこ)は、
私はあまり知らなかったのですが、絵に描いたような美人には間違いないですね。
失礼ながら、竹久夢二画伯の美人画よりもはるかに美しく思えますのは、
私だけでしょうか。
◇ ちなみに大正三美人は、通常次の三人の女性と言われるそうです。
九条武子 歌人で才色兼備
柳原白蓮 歌人で情熱的恋に生きた
江木欣々 新橋の芸者
□ 厨房(この写真の後、邸内撮影禁止に気づいて…)
◇ もう少し勉強していけばよかった…観光地でよく後悔すること。
「旧伊藤伝右衛門邸」の近くには「白蓮館」といって、
彼女の生涯や歌人としての彼女を紹介されているギャラリーがあります。
次に行く機会があれば、是非訪れてみたいと思います。
□ こじんまりとしたパンフレット
◇ 伊藤伝右衛門は、あの明治時代特有の、大陸よりも広い度量を持った男。
私なんかの正反対の世界、雲の上の人です。
□ 私の好きな言葉の一つ。。。
◇ 駐車場への戻りの道で、薔薇の花を見つけました。
□ かなり大輪ですが、品種は不明。
(una poesia di oggi)
ひるの夢あかつきの夢夜の夢 さめての夢に命細りぬ 柳原白蓮