旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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秋・月・菊

2016-10-01 00:10:00 | ノンジャンル
 「そろそろ北海道のKから電話なりメールが入るころだ」
 その予感は的中した。卓上の携帯音が震えた。案の定Kからだ。
 「寒くならないうちに遊びに来ないか。大雪山の頂上は色づきはじめる」
 有難い誘いだが、空の直行便に乗っても約4時間。北へ2497.79キロは遠く、おいそれと出掛ける約束はできない。しかし、ボクの返事は分かっていても、Kは年に2,3度は季節の誘いをしてくれるのが嬉しい。
 日本列島の紅葉は大雪山の頂上に位置する旭岳に生まれるそうな。それが一気に里に下りて南下、津軽海峡を渡って東北、関東、関西、中部地方、九州と、錦の織物を綾なすことになる。しかしながら残念なことに紅葉は、鹿児島から先の海を渡ることができない。
 沖縄の樹木にも、秋は色づきを見せるそれもあるが(紅葉狩り)をするには、ほど遠い。沖縄の(秋)は、月、菊で楽しむことになる。

 まずは月に関する昔ばなしで涼を呼ぼう。
 王府時代。首里城下の公館の新築・改築は、近郷の14,5歳から20歳過ぎの若い夫役・賦役(ふやく)を出させてなされた。
 ある年。首里城下(龍潭)の西向かいにある中城御殿(なかぐすく うどぅん)の改修工事の際は西原間切、浦添間切、南風原間切、中城間切などから夫役を招集。座喜味親方の総指揮のもと、改築工事は順調に進められていたことだがある日。座喜味親方が現場に出てみると、頭役の者がひとりの女童(みやらび・若い女性)を他の夫役の取り囲む中、声を荒げて𠮟りつけている。
 「これこれ。どうしたことか」と、座喜味親方。
 「ははっ!この女。南風原村の者ですが、現場入りは1番鶏の鳴くころと決まっているにもかかわらず、このところ、太陽も上がり切った昼前にしか出てきません。その訳を訊いても、口を貝にして、一向に答えません」と頭役。
 「他の者の前で責めては、答えようにも言葉が出まい。私が問い質そう」
 座喜味親方は、女童を人目のつかない場所に連れて行き(遅刻の訳)をやんわりと訊いた。親方のやさしい声音に気が楽になったかして、うっすら顔を赤らめながら、それでもしっかりと琉歌で返事をした。

 〝かなし手枕や 明きる夜ん知らん 庭に射す太陽や御月思むてぃ″

 「夫役を拒否しているのではありません。わたしには末を誓った人がいます。この中城御殿の改築工事に出てからというもの、彼に逢うのは、何時も夜中になってしまいます。夫役の疲れも厭わず、彼に逢って抱かれていると、時の過ぎるのも忘れ、夜が明けて庭に射す太陽の光も、真夜中のお月さまに思えて愛し合うのです。それで・・・・それで遅刻してしまうのです」。
 座喜味親方は決して木石ではなかった。
 「左様か。わしにも青春の日々はあった。恋する者の気持ちが分からないではない。しかし、共同作業はひとり欠けても統制がとれない。公事の仕事とはそうしたものだ。まあ、このたびのことは大目にみてやるほどに、愛の語らい時間の後に夫役にも精出してくれよ」と、許してやったそうな。いい上役に恵まれてよかった。

 秋の花・菊。
 ある一家の本家の庭には、四季折おり花が咲いた。時は長月。庭には丹精込めて育てた小菊が見ごろである。
 長兄は、それぞれ分家した弟や妹を招集して(菊見の宴)を催した。弟妹と言えども、何時でも呼び出すわけにはいかない。小菊の満開は弟妹たちとの語らいのいい口実になる。
 小菊を愛でながら、それぞれの近況を語り合い、盃を交わし合う。長兄たる者、至福のときだろう。そこで長兄は1首詠んだ。

 〝秋毎にウトゥジャ今日ぬぐとぅ揃るてぃ 共に眺みらな庭ぬ小菊

 *ウトゥジャ=本来は弟を指すが、この場合、妹も含む。
 「弟よ妹よ。来年も再来年も、今日のように皆して花を愛でよう」
 ただそれだけの内容だが奥は深い。
 花だけではなく、月もしかり。ひとりで眺めては味気ない。兄弟姉妹もよし。親しい友人よし。恋人同士、元カレ、元カノでもいいではないか!秋を楽しむよう心がけよう。この歌を詠んだ長兄は、自分の年齢を秋に重ねている。
 「わしも、急ぎはしないが、あと幾度秋を迎え過ごすことができるか、知れたものではない。都度、顔を見せてくれ。菊もバラもわしが育てておくほどに」。
 そんな心情が三十一文字に、にじみ出ている。

 齢を数えることを放棄してからしばらくなるが、10月23日は誕生日だ。
 えっ?何回目の?
 終戦の年の7年前・寅年だから・・・・実年はあなたで勘定してはくれまいか。50歳を過ぎてから久しくなることだけは確かだ。
 「禿ぎん白髪んエヘンどぅやる=はぎん しらぎん
 禿がなんじゃい!白髪がなんじゃい!エヘンと鼻息で吹き飛ばして突っ張ってきた。突っ張りついでに、あと数回小菊の咲く秋を皆でできるよう、世に憚っているつもりだ。
 Kの誘いを素直に受けて〝北国の短い秋″に出かけてみようかな。ボクという紅葉は北国のそれに違和感なく、紛れ込むことができるだろう。
 我が家の庭のみどりの枝の辺りを、初秋の蝶がたゆうている。



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