旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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誰にも言わないでっ!秘密

2010-04-08 00:20:00 | ノンジャンル
 「誰にも言ってはダメだよッ!」
 そう言われて耳にした内緒ばなしや秘密を[黙して語らず]を通したことがあるだろうか。私なぞ一度もない。他人の秘密を明かすのは愉快この上もないからだ。自分だけが知っている快感を自慢したくて知人に話す。それでもその場合「キミだけに話すのだから、誰のも言ってはダメだよッ!」と、前置きの釘をさすことを忘れない。
北村孝一編・東京出版「世界のことわざ辞典」【危険と安全】の項にインド、スウェーデンの諺として、次のことばがある。
 【一人しか知らなければ秘密、二人が知れば公然のこと
 したりッ!と、膝を打ちたくなる。およそ秘密は自分の内なるものであって、漏らそうものなら、相手が誰であろうと皆に知れ渡るものと覚悟しなければならない。沖縄の狂歌にもある。

 symbol7聞かさんぱすしや ゆくん聞ち欲さぬ 見しらんぱすしや 開らち見欲さ
 〈ちかさんぱ すしや ゆくん ちちぶさぬ みしらんぱ すしや ふぃらち みぶさ

 「実はね。ここだけの話・・・・。いやいや、言うまい。聞かないでくれ」と言われると、余計に聞きたくなるし、包装物の中身をいまにも出そうとする素振りを見せながら「いやいや、見ないでくれ」と、しまわれるときの心残りはこちらがイヤイヤ!で消化不良の不心地をきたし、強引にでも包みを開いて見たくなる。これはまともな人情だろう。
 フランスには【二人の秘密は神様の秘密、三人の秘密はみんなの秘密】という諺があるそうな。この場合の二人を「恋する二人」としよう。当事者であるだけに、二人が秘密を胸にしまっておけば、神様にしか知られないから秘密は保てる。しかし、婚約、結婚などの幸せ事は、時期尚早と思っていても、自ら口の外に出したくなるのも健全な人情。実際に二人だけなら信頼関係も保ち易いが三人、それ以上が知るところとなれば、秘密などはどこかへ吹っ飛んでしまう。


大正3年〈1914〉3月初演。伊良波尹吉作・琉球歌劇「奥山の牡丹」も、秘密がキーワードになっている。
 時は王府時代。首里士族・奥間殿内の嫡男サンルーは、遊芸を生業とし人別帳にも載っていない部落の娘チラーと恋仲になる。男は、女が身重になったことを知るが、身分の相違から結婚は叶わず、泣く泣く別れなければならない。その場面は、琉歌でなされる。

 symbol7仕情ぬ朽ちゅみ 何時までぃん肝に 思染みてぃ他所に 知らち呉るな
 〈しなさきぬ くちゅみ いちまでぃん ちむに うみすみてぃ ゆすに しらちくぃるな

 これに対する女の返歌はこうだ。
 symbol7糸目から針目 ふきるとぅん我身ぬ 何故でぃ思里ぬ 御腰引ちゅが
 〈いとぅみから はいみ ふきるとぅん わみぬ ぬゆでぃ うみさとぅぬ みくし ふぃちゅが

 男曰く「キミと交わした情愛は、永遠に朽ちるものではない。このことを胸中深く染め置いてほしい。そして、子が出来たことも含めて、二人の仲は決して他所には知らせてくれるな」。
 女は誓う。
 「例え拷問されて、縫針の糸目・針の目を潜らされようとも、二人だけの愛の秘密を白日のもとにさらすようなことはいたしません。身分違いの縁を無理に結ぶと、貴男の家名や出世に支障をきたすでしょう。私は、後ろから貴男の足や腰を引っ張るようなことは、決していたしません」。
 しかし、この秘密は18年後、チルーから引き取り育てた男子・ヤマトゥ=山戸=に、父親サンルーがもらすことになる。息子とは言え[糸目針目を潜らされようとも]と、あれほど誓い合った秘密も破局。公になる。やはり「物言わぬは腹ふくるる思いなり」で、秘密を守り切るのはむつかしい。

  写真提供:座喜味米子

 「誰にも言うなよ」の沖縄口は「誰にん言なよぉやー=たぁにん いぅなよぉーやー」である。久保田吉盛作詞作曲の同名の俗謡があって、その中でも「彼への恋心。親にも誰にも、本人すら告白していない片思い。私の恋慕の情を彼に伝えてはくれまいか。このことは、信頼しているアナタにしか頼めない。でも、他の人にもらしてはダメよッ。アナタ一人に打ち明けた秘密なのだから。きっとよ!」と、念押しまでする内容。どんなチョウデービレー〈兄弟つき合い〉をしている親友であっても、相手も血の通った人間[もう一人だけなら]と、もう一人の親友に語りたくなるのも、これまた人情。悪意は微塵もなかろう。

 こうしたことを中央アジアのタジク族は「友だちに秘密を打ち明けるな。彼らにも友だちはいるのだから」と、ずばり言い切っている。また、イギリスでは「三人が知っても二人がいなくなれば秘密は守れる」と言うそうだが結局、死ななければ秘密は守れないわけで、イギリス人らしいブラックユーモアと理解しておこう。
 筆者にも、墓場へ持って行かなければならない秘密の一つや二つや・・・・三つや四つはある。でも、それを「誰にん 言なよぉやー」と打ち明けられる人がいない。これも貧困な人付き合いをしているからだろう。寂しいかぎり・・・・。





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