旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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畳語・重ねことばをたのしもう。パート5

2016-12-01 00:10:00 | ノンジャンル
 すでにひとつはこなし、あとふたつの忘年会が予定されている。
 いつのころからか「年忘シー=トゥシワシートゥシワシリ」と称する忘年会が定着し、行く年を惜しんでいる。しかし、かつては宴会風にやるのは首里那覇の上流社会に多く、街方でも職人や商人家庭では、日頃使っている商売道具の手入れをして、床の間に陳列、御神酒などを供え、1年の労働に感謝。慰労の小宴を催した。また農村でも同様に鋤や鍬の農器具を清め、座敷に並べて酒宴を張り、主人が働き手の労をねぎらったと記録にある。

 ◇忘してぃ為なゆる 事ぬあみやしが 今日や忘年してぃ 百気延ぶさ
 〈わしてぃ たみなゆる くとぅぬあみやしが きゆや とぅし わしてぃ むむち ぬぶさ

 忘年会の席で年配者が詠んだ歌と思われる。
 (人間、自分が成してきた事柄に、忘れて為になることは何ひとつなかろうが、年忘しーの今宵だけは、重ねた年を忘れて家族になり、親しい人たちとざっくばらんに飲食し、語り合う。いい気分に満ちて、本当に若くなった気がする)という訳だ。
 
 「このところ、畳語、重ねことば収集に取り憑かれている」。
 八重山の歌者大工哲弘に言ったら、ボクも八重山のそれを拾ってみましょうと言い、その場でいくつかのそれを教えてくれた。彼の出身地・石垣市の畳語を読者のあなたにも御裾分けしよう。

 ◇おーりとーり
 *共通語の「いらっしゃいませ」に当る。沖縄語の「めんそーれー・めんそーちー・めんそーり」である。歓迎語。
 10月末に開催された第6回「世界のウチナーンチュ大会」のキャッチフレーズのひとつが「ウェルカムンチュになろう」だった。地元のわれわれは皆「歓迎人になろう」という訳だ。これも八重山風に言えば、さしずめ「おーりとーりぴとぅ」になるのだろう。

 ◇みすこーみすこー
 *「ゆっくりゆっくり」の意。沖縄語の「よんなーよんなー」のこと。殊に年配者の訪問客が御辞去なさる場合、足元に気を付けて「みすこーみすこー」お帰り下さいというふうに使う。
 先日みたテレビ番組「世界不思議発見」は、かの巨峰キリマンジャロの不思議を探訪していたが、ポーターやガイドが「高い山へは気圧の関係もあるから‟ボナボナ”といったか?とかく現地語・スワヒリ語で「ゆっくりゆっくり歩け」と取材陣に注意を促していた。それも「みすこーみすこー」「よんなーよんなー」の重ねことばと同意だろうと思うと嬉しくなった。

 ◇あんがりーぴやんがりー
 *飛び跳ねるさま。いろんな飛び跳ねるさまがあるだろうが、大きな喜びがあると人は飛び跳ねて歓喜する。「うっさうっさー=笑顔満面喜ぶ」し、とぅんじゃーもーやー=飛んだり(跳ねたり)舞ったりするものだ。遠い日、高校受験を前にしながら勉強ひとつせず、遊び呆けているのに心痛めていたが、ものの拍子で合格した時、おふくろはマジで人目もはばからず口三線を掻き鳴らし、カチャーシーを舞い「あんがりーぴやんがりー・とぅんじゃーもうやー」をしていたものだ。母親は出来の悪い子ほどかわいいらしい。

 ◇あから ぱたらあからはたら)。
 *灯りが明々としているさま。沖縄では「あからふぁーら」。ネオン街は終夜「あからぱたら」「あからふぁーら」して眠ることを知らない。ただし、この畳語は灯りばかりを指すのではない。年に似合わず真っ赤な着衣に身を包んだご婦人を見ると「あからふぁーらして、チンドン屋か郵便ポストのようだ」と、陰口をしたものだが、チンドン屋も郵便ポストもいまは影をひそめ、その例えも死語になった。
 西表島古見(こみ)の古謡「やぐじゃーま節」にも「あからぱたら」は出てくる。
節の意訳=集落の前のサンゴ礁に棲むヤクジャーマ(蟹の1種)は、夜になると宮廷音楽のひと節「作田節・くてんぶし」を歌っている。すると、仲間のシラカチャ蟹は、それに合わせて三線を弾きだす。(略)
 海水が温むうるじん(早春)若夏のころになると、人間が漁火を(あからぱたら)焚いて蟹や蛸を獲りにくる。さあ、銛で突かれては大変だ。足で踏み潰されてはたまらない。やぐじゃーまよシラカチャよ!どこへ身を隠そう。難を逃れよう。そうだ。ヒルギの木の根元がよかろう。
 このひと節は、単に自然の営みを描写したものではない。蟹は島びと。「あからぱたら」してやってくるのは首里王府派遣の役人に擬人化して歌われたと解釈する向きもある。事実、宮古、八重山は人頭税(にんとうぜい)など、搾取の圧政に苦しめられた歴史がある。武器を持たない島びとは、歌で抵抗を表し、生きる支えとしたのである。
 夜の風は日を追って、肌に冷たくなってきた。忘年会では酒と畳語で暖をとりながら、行く申年に名残を告げてみようか。各地方の畳語、重ねことばが飛び交うことだろう。



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