旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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昔ばなし・太良の化けもの退治

2010-12-10 08:37:00 | ノンジャンル
 各地で子どもたちへの〔詠み聞かせ〕が盛んである。殊に児童を持つ母親たちが、地域に伝わる伝説や昔ばなしを採取して詠み聞かせたり、戦争記録を基地問題と絡めて語り、平和の尊さを伝えている。
 私なぞの少年のころは、屋敷内に日陰をつくるためにわざわざ植え育てた年数を経て九年母の木<くねんぼのき。在来のミカンの木。方言=くにぶんぎー>の下にユーバン<夕飯>の後に集まると、きまって話上手のオジさんやオバさんがやってきて、世間ばなしとともに昔ばなしをしてくれたものだ。時にそれは、大人の即興の作りばなしだったこともある。
 そのころのことを思い出して、私が聞いた昔ばなしを紹介しよう。ただし、これは沖縄古来の昔ばなしなのか、本土の地方のそれを沖縄風に脚色したものか定かではないが、そこいらは気にせず楽しんでいただきたい。

 【太良の化けもの退治】<太良=タラー。庶民の男子の代表的名前>
 昔々、恩納間切谷茶村<うんなまじり たんちゃむら>生れの若者太良は、王府首里の士族の下男奉公をしていた。
 ある日。親元からの緊急の便りが届いた。〔父親が重病を患い、明日をも知れぬ命。すぐに帰れ〕というもの。太良は主人に事情を伝え、快諾を得た上に見舞金までいただいて、谷茶村に向かった。首里を出て浦添間切に入り、宜野湾間切伊佐村を通過。さらに北谷間切嘉手納村を早足で過ぎ、読谷山間切喜名村に着いたころは、すっかり日は暮れている。
 このまま歩を進めると、その先は昼でもなお暗くフェーレー<追はぎ>や化けものが出る名うての難所多幸山<たこうやま>。フェーレーはともかく、多幸山に古くから棲む山猪<やましし>は、人間に化けて通行人を喰い殺すという。
 「危険は承知。それよりも親の死に目に会えないのは何よりの親不孝。意地をだして多幸山超えをしよう」
 決心して足を速めたことだが、多幸山の中腹にさしかかった時、太良の懸念は的中してしまった。現れ出たのは噂の山猪の化けもの。太良は運命と観念したものの、山猪に声をかけた。
 「命乞いはしない。父親の臨終に立ち会わせてほしい。それを果たしたら、すぐここに戻ってくる。それからオレの命を取っても遅くはあるまい」
 「ほほう。面白いことを言う奴だ。よしッ!時をやろう。ただし、約束を違えるとお前ばかりでなく、村中のものを皆殺しにする!よいかッ」
 山猪はさらに言った。
 「風変わりな奴だが、ひとつ聞いてみよう。お前がこの世で1番嫌いなものは何じゃ」
 太良はちょっと考えたのちに答えた。
 「銭金だ。われわれ百姓は銭金ゆえに年中、苦労しているからだ。では聞くが、山猪のお前が1番嫌いなものは何か」
 「んっ?ワシが嫌いなものはコーレーグス<高麗薬・唐辛子>とナマソーガー<生ショウガ>じゃ。これに触れると体中の毛が抜け落ちる」
 こうしたやりとりの後、太良は解放されて実家に帰ることができたのだった。確かに父親は重病だった。しかし、そこは親子。息子の顔を見た安堵感からか、病気は日を置かずによくなり、床払いをするに至った。
 さて。太良が果たさなければならないのは山猪の化けものとの約束。太良もまた日を置かず多幸山に向かったが、ある計略を胸にしていた。約束の場所に着いた太良は、待ち受けていた山猪を見つけるやいなや、隠し持っていたコーレーグスナマソーガーを山猪の顔と言わず手足と言わず、胴体いっぱいになすりつけた。
 「やいッ!化けもの!多幸山超えをする旅人に悪さする奴めッ!思い知ったか!」
 するとどうだろう。山猪の体毛が見る見る内に抜け落ちていく。しかし、化けものも負けてはいない。
 「やりやがったなッ!お前こそこれを喰らえッ」
 と、今までに旅人から奪い取った大枚の銭金すべてを太良に投げつけ、悲鳴をあげて山奥に逃げて行き、2度と旅人の前に姿を見せることはなかった。
 太良は、化けものが投げつけた大枚の銭金を拾い集めて実家に持ち帰り、その銭金で田畑を買い、一生懸命働いたおかげで5年もすると恩納間切1番の分限者になった。そして太良の家は後々「谷茶ウェーキー=分限者」と称されるようになったという話。
 かつては、地方の金持ちには、その地名と本人の苗字を合わせ読みをして尊称としていた。例=浦添市城間の金持ち名嘉家は「ぐしくま なか」・北谷村瑞慶覧の仲宗根家は「じきらん なかずに」・うるま市勝連南風原の外間家は「ふぇーばる ふかま」と呼ばれ、その高名は今日まで語り継がれている。殊にフェーバルフカマの嫁カマドーは、有り余る銭金<硬貨>を着物の袖に縫いつけ、歩むたびに硬貨の擦れ合う音がしたという。
 いささか個人的願望になるが、那覇市垣花の上原家。垣花上原「かちぬはな うぃーばる」と沙汰されたいが・・・・。儚い夢のまた夢。


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