トシの読書日記

読書備忘録

傷つけ、傷つけられる市井の人々

2017-05-23 14:03:07 | ら行の作家



イーユン・リー著 篠森ゆりこ訳「さすらう者たち」読了



本書は去年、河出書房新社より発刊されたものです。


前回読んだ「黄金の少年・エメラルドの少女」もよかったですが、本作もかなりうならされました。本作家の初の長編ということで、かなり力の入った執筆となったのではと推測されます。


文化大革命後の中国。反革命分子として逮捕、処刑された一人の女性の事件から端を発し、その両親、そして同じ集落で暮らす人々が否応なくその事件に巻き込まれていく。自分が生きていくためには裏切りも密告も辞さない、その中国人の気質に圧倒されます。


印象に残った部分、引用します。

政治犯として処刑された顧・珊(グー・シャン)の父、顧(グー)師のせりふです。


<この新中国に起こった最悪のことは――私は新中国に逆らう気はまったくないんだよ。しかし男の同意なしに好きなことをやり出した、こういう女たちときたら。(中略)それからうちの娘もそうだ(中略)彼女たちは自分を革命的だとか進歩的だとか思っているし、自分の人生を自由にできるようになって、おおいに世の中の役に立っていると思っている。でも革命なんぞ、ある人種が別の人種を生きたまま食らう計画的手段でしかないじゃないか。(中略)(歴史は)革命の力ではなく、人々の欲望に動かされてきたんだ。他人を犠牲にして自分の利益のために好き放題やってやろうという欲望だよ。>


この顧(グー)師は元教師で、かなり学のある人なんですが、それが故、娘のとった行動にいたたまれない思いでいるわけです。この顧師の苦悩を思うと、胸がふさがれる思いです。


また、市井の人々の心情をよく表しているところ、引用します。

童(トン)という子共のお母さんが言ってさとします。


<考えても仕方がないことをあんまり考えるんじゃないよ。人と同じ列におとなしく並んでいれば、面倒に巻きこまれることはないし、面倒をおこさなければ何も恐れることはないの。夜中にお化けが来てドアをノックしてもね>


こうして当たり障りのないように世間を渡っていく術を人々は身に付けていくわけです。反革命分子の集会の誘いに情にほだされて応じた人々。そして嘆願書に署名した人たちを検察がしょっ引いていきます。そこには、自分が逃れたいがために裏切り、密告が横行し、集落の人々は皆疑心暗鬼になり戦々恐々としていくわけですが、その様子がイーユン・リー独特の筆致で丹念に描かれていきます。


子共の素直な疑問に親が諭して聞かせるところなど、少し童話の教訓めいた臭いもして、そこはちょっと興ざめでしたが、全体にスケールの大きい、深い感動を呼ぶ名著と言っていいと思います。



ネットで以下の本を注文


髙村薫「土の記」(上)(下) 新潮社

佐藤正午「月の満ち欠け」 岩波書店

大森望 豊崎由美「村上春樹『騎士団長殺し』メッタ斬り!」河出書房新社

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