トシの読書日記

読書備忘録

人の絆と孤独

2016-12-13 16:35:22 | ら行の作家


ジュンパ・ラヒリ著 小川高義訳「低地」読了



本書は平成26年に新潮社より発刊されたものです。新潮クレストブックです。少し前に新しくなった「丸善」に姉と行き、本書を見つけ、姉に買わされたようなかっこうになった本であります。


がしかし、買ってよかった!名著です。ラヒリ独特の抒情たっぷりの風景描写、繊細な心理描写、そして全体に抑制の効いた簡潔な文章。ほんと、うまい作家です。


兄、スバシュ、1才違いの弟、ウダヤン。二人は何をするにも一緒で、仲の良い兄弟だったんですが、成長するにつれ、互いの性格があらわになっていきます。二人は大学院を出ると、学究肌の兄は、研究のため渡米します。弟は、教員をしながら当時インドで隆起しつつあった革命運動に身を投じていきます。そしてウダヤンはある女性を見初め、結婚します。当時のインドでは、普通親が結婚相手を決め、お祝いも派手にやるらしいんですが、ウダヤンはそのどちらもせず、双方の親の承諾も得ず、自分の親の家に同居してしまいます。ここにひとつの軋轢が生じるわけです。相手の女性の名はガウリといいます。


ガウリは舅、姑とぎくしゃくしながらも幸せな結婚生活を送るかに見えたんですが、地下組織に入って活動を続けていたウダヤンは警察に捕まり、親とガウリの目の前で射殺されてしまいます。知らせを受けて飛んで帰ってきた兄、スバシュは、悲嘆にくれるガウリを見て、弟の果たされなかった残りの人生を引き受ける覚悟でガウリに求婚し、ガウリはそれを受け、アメリカに連れて帰ります。その時、ガウリのお腹には新しい生命が宿っていました。


アメリカで産まれたベラという女の子との三人の新しい生活が始まります。ガウリは精一杯の努力をするんですが、この生活にどうしてもなじめません。自分の夫は自分が産んだ子の本当の父親ではないという事実。そしてスバシュがベラの実の父親であるように努力する姿を逆に疎ましく感じます。


また、ガウリはスバシュと愛し合って結婚したわけではなく、そこに将来に対する経済的な打算等の思惑があったことを認めざるを得ず、そんな自分に対して猛烈な自己嫌悪を感じます。出口の見えない閉塞感に苛まれ、遂にガウリは家を出てしまいます。取り残されたスバシュとベラは、母親のいなくなった家で何とか生きていくのですが…


といった内容なんですが、もう、とにかくすごいですね。この人生模様。最後の方、スバシュから離婚の手続きを要望する知らせを受け、ガウリは何十年ぶりかで自分の過ごした家を訪れます。そこでベラに再会するんですが、このシーン、本書の最大のヤマ場でしたね。ベラは自分を捨てた母親を絶対に許しません。敵意を剥き出しにしてガウリに鋭い言葉を浴びせます。そして、自分はスバシュの実の子ではないことを知っていると告げます。これはガウリにとって大変なショックでした。



ガウリは追われるように家を出ると、この後に控えている仕事を連絡もなしにキャンセルし、インドへ飛びます。自分の生まれ故郷を訪ね、そこで自殺しようとするんですが、すんでのところで思いとどまります。このあたりのガウリの心理描写は、あえて詳述されてないんですが、ここでガウリは何か吹っ切れたんでしょう、アメリカに帰ってまた仕事を続けるんですね。


一方スバシュは新しい伴侶を見つけてアイルランドへ二人で旅行に出かけます。最後はスバシュもガウリも希望の光が見えるような結末になっており、そこは少し救われた思いです。


ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を思い出します。人生の岐路に立たされて、そのどちらかを選択したとき、もう一方の人生は二度と歩めないということ。人間はその無情さの中に生きているのだということを本書を読んで痛感しました。


本作品はラヒリのひとつの頂点ではあるまいかと感じた次第です。久しぶりにずっしりと読み応えのある作品を味わうことができました。

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