トシの読書日記

読書備忘録

細やかな愛情

2014-09-19 00:53:10 | か行の作家


河野多恵子「夢の城」読了



先に少し過激な新進作家の作品を読んだので、今度は正反対に位置する作家を読んでみようと、手に取ってみました。


発行は1964年といいますから50年も前の短編集であります。表題作を含む五編の短(中)編が収載されています。



やっぱりいいですね。たまにこういう作品を読むと心が洗われる気がします。時代ということもあるんですが、夫に仕える妻が心の鬱屈を抱え、それを夫に言い出すこともできず、一人で悩み苦しむ様とか、父の娘に対する愛情の細やかさとか、そういった夫婦、家族の機微が美しい日本語で綴られていきます。いつも言いますが、文章のうまい作家はいい。


例えばこんなところ。

<今度、篤に頼まれた何より苦手な買い物を、君子が拒みかねたり、宮地に代りを頼みかねたりしたのも、その理由の理解され難さのために生じる誤解を懸念したためだったのだ。しかし、今の彼女が、山鳥の死骸への自分の拘泥りを宮地に言えないのは、もやはそのためではないのであった。逆に自分の鳥ぎらいを宮地に感知されることに羞恥を覚えるせいなのである。>(「禽鳥」より)


この君子の複雑な心境を、すっとこんな風に書き表す。白眉ですね。


かと思うとこんな文章も。

<屢々、辰子は死を夢みた。ロープで巻き緊められてゆきながら、ひっくり返される自分の体がどさりと伏すとき、あるいは最早やそこだけしか動けない片方の指先が背中で冷たくなっているのを知るとき、彼女は死後の快楽にあるのだと感じた。全く曲らなくなった体を、加納は俯伏せにおき足首から持ちあげて反らせ、力いっぱい撓わせにかかる。苦痛が全身を襲うたびに、彼女は幾つかに切断されて転がっている肉塊として、血をたらしながら声をあげた。気がつくと、自分の体がぐったりしているのは、既に縄目のせいでないことがある。いつの間にか解かれていて、太い横腕がどこまでも咽喉を締めつけてきている。彼女は、加納に与えられる死と死後の快楽を夢みて、一層われを忘れた。>(「路上」より)


これは、主人公の辰子の妄想なんですが、すごい迫力です。貞淑な妻が頭の中でこんなことを想像してるのかと思うとちょっと恐いです。


河野多恵子は、以前、「不意の声」という作品を読んだことがあるんですが、これもすごい小説だったと記憶しています。忘れてはいけない作家の一人です。


自分だけの王国

2014-09-19 00:06:08 | ま行の作家


村田紗耶香「授乳」読了



姉に「微妙」と言われて借りた本です。なんとなく聞いたことのある作家だったんですが、調べてみたら群像新人賞とか、野間文芸賞とか、三島由紀夫賞等、数々の文芸賞を受賞しているすごい作家なんですね。が、しかし、読んでみてどうなんだろうと…。


すごい小説を書いてやるんだ、という意気込みは伝わってきます。その意気は大いに買います。でもちょっと気負いすぎなんじゃないですかね。空回りしてる感じです。


表題作を含む三編が収録されているんですが、シチュエーションが一貫していて、自分だけの世界に閉じこもるという主人公が出てきます。外の世界から自らを遮断して内側の世界だけで生きていく女性。それが中学生だったり、女子大生だったりするわけなんですが、それはそれで迫力ある筆致でなかなか読ませるんですが、先に言ったように、なんか空回りしてる感じなんですね。


ちょっと偉そうなことを言いますが、もっともっといろんな本を読んで、いろんな世界を知って、自分の作品を練り上げていってほしいと思います。いいものは持ってます。


少し残念でした。