泡 盛 日 記

演劇人(役者・演出家)丹下一の日記です。

次郎ちゃんのこと

2020-04-11 08:49:37 | 丹下一の泡盛日記
小畑次郎さんが亡くなった。
発展的に解散した仙台の劇団十月劇場(石川裕人主宰)の中心的な俳優で。
最初に舞台を見たのは国分町にあった十月劇場のアトリエでの
「じ・えるそみーな」だったか。
その後は、もう数えきれない。
十月劇場だけでなく客演も多かった。
東京で斉木燿氏構成・演出の舞台に参加した時も忘れがたい。
(現代演劇の最先端をいく演出の斉木さんが)「何言ってんだか全然わからない」とぼやきつつも、
タイニイ・アリス(ビルの4階にあった時代)での素敵な立ち姿が脳に焼き付いている。
演技に悩みモヒカンにして「剃ってこい!」と演出のニュートン(石川裕人)に叱られていたり。
耳を青くしていたり。
「ノーチラス」だったか、前のめりに静止したまま立つ姿には唸った。
立つといえば、稽古中にアキレス腱を切り、松葉杖で登場したこともあった。
ずっとすごかったけど、いつの間にか、本当に大きな役者になっているのだった。
役や芝居の筋はあまり覚えていないのだけど、
その立ち姿、(尻の穴まで見せたこともあった)体の動きは決して忘れない。
病気を抱えながら美しい奥様(絵永けいさんが「この男にこんな美しい妻が!」と叫ばせた)の献身的な看病でかなり回復した時期もあった。
それでも舞台で、自分の死んでいく先を見つめる老人を演じるのを見ながら、
何か予感はしていた。
あれが舞台を見た最後かなあ。
一昨年の秋、会いたくて仙台に出かけて行き長い時間をご一緒した。

その場には、大事な舞台をたくさんご一緒してきた
絵永けいさん(劇団十月劇場→OCT/PASS)と茅根利安さん(元劇団I.Q150)がいて。
何を話す、ではなく、一緒にいる、だけで充分なのだった。
ああ、そして次郎ちゃんと舞台で一緒になったことがないことだけが
本当に残念。
酒は一緒にあんなにたくさん飲んだのに。
「(急がずに)ずらっと行くべや」が口癖だった。
あのカフェで一杯のコーヒーを飲みきれなかった次郎ちゃん、
お疲れさまでした。
ありがとうございました。
次に会う時はガッツリ飲もうね。
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