Days of taco

やさぐれ&ヘタレtacoの日常と非日常

ソシアリスムの秋

2015年09月10日 | 読んでいろいろ思うところが

黒岩比佐子「パンとペン」(講談社文庫)を読む。

サブタイトルは「社会主義者・堺利彦と売文社の闘い」。

堺利彦という人は、明治から大正にかけて活躍した社会主義者で、

幸徳秋水や大杉栄と深い交流があった人だ。

本書はその堺を中心にした

明治の知識人たちのノンフィクションである。

 

当時、社会主義者は弾圧の対象となり、

大逆事件では幸徳秋水や管野スガが処刑され、

大杉栄は関東大震災の混乱に乗じて虐殺。

堺はそんな弾圧に屈することなく、というか、

持ち前のユーモアと博愛精神で、厳しい時代を生き抜いていく。

それでも世の中を良くしようという心は忘れない人だったようだ。

 

本書ではそんな堺が大逆事件のあと、

社会主義者にとって「冬の時代」と言われたときに立ち上げた

「売文社」という会社がクローズアップされる。

この会社は今でいう編集プロダクションのようなもので、

雑誌や書籍の編集や執筆の委託から、翻訳、

さらには手紙や学生の卒業論文の代筆など、

その文才とセンスを活かし、しぶとく、そして淡々と生きていく。

売文社は、不遇をかこっていた

社会主義者たちの糊口をしのぐ受け皿となり、

当局に睨まれながらも、堺は己の主義主張を世の中に説いていくのだ。

 

夏目漱石や石川啄木、樋口一葉、尾崎士郎など、

明治の文学界、経済界、政界のビッグネームとも直接的、

あるいは間接的にかかわっていて、脇役として本書を彩る。

さらには、赤瀬川源平の著作で知られる宮武外骨、

そして松本清張までが登場する。

ある意味、近代日本史を社会主義の観点からとらえた、

すこぶるスリリングなノンフィクションと言えるだろう。

 

著者の黒岩比佐子さんは、ノンフィクションライターとして

名高い人だったけど、残念ながら本書が遺作となってしまった。

黒岩さんが堺利彦に惹かれたのは、

彼のユーモリストとしての生き方と、遺した小説や翻訳書の多彩さ、

そして、当時の男性としては珍しいフェミニストとしての面。

堺のそうした心優しさが、文庫で600ページを超える大著を黒岩さんに書かせる

モチベーションになったのだろうと想像する。

 

巻末に掲載されている参考文献の一覧が

16ページにもわたっていることからも、

相当な労作だったことがうかがわれる。

プロフェッショナルの仕事というものは、こういうものなのだろう。

 

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