斉藤久志監督「草の響き」を見る。
原作が佐藤泰志で、舞台が函館。
つまり「海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」
「オーバー・フェンス」「きみの鳥はうたえる」
と同じ原作者とロケ地で、なおかつこの4作は秀作ばかりなので、
斉藤監督やメインキャストの人たちには、
さぞかしプレッシャーだったと想像する。
でも、そんな下衆の勘繰りなどどこ吹く風、
まったくもって素晴らしい映画を届けてくれたのです。
走る映画、だと思う。
東出昌大演じる和雄は、精神疾患に悩まされ、
医師の勧めでランニングを始め、没頭する。
「狂ったように走ってるんだから」と
溜息をつく妻の純子の言葉に、
「狂わないように走っているんだ」と返す和雄。
走ることは爽快感に繫がるはずが、
いったいどこを走っているのか、
何のために走っているのか。ゴールはどこなのか。
答えを見つけられないまま、ただ走る主人公。
その姿を見た高校生の彰と弘斗も、走る。
走って何かを見つけようとして、でも見つけられない痛々しさ。
この高校生たちと主人公との接点は、ただ一緒に走るだけ。
ときおり彼らのサイドストーリーが語られ、それが
この映画に深い陰影を与えていく。
人生はかくもしんどいけれど、
それでも走り続けるしかないのだろう。
和雄が走れば走るほど、
肉体が研ぎ澄まされていけばいくほど、
その思いが強くなる映画だったという。
東出昌大も奈緒も
これまでの2人のベストかもしれないと思った次第。
肉体派でありながら繊細な芝居をする東出と、
受けの芝居に徹しつつ、最後に映画のクライマックスを
かっさらっていく奈緒の存在感は素晴らしい。
でも最高の演技をしたのは、2人が飼っている犬のニコだろう。
重苦しい空気のなか、この犬の無軌道な動きに癒やされる。
どんな名優も、子役と動物には勝てないと言うけれど、
本作はまさにその好例ではないだろうか。