スージー鈴木「EPICソニーとその時代」(集英社新書)を読む。
近田春夫さんの筒美京平の本を
読んだ流れで手にしたというか。
佐野元春やシャネルズ、大沢誉志幸、渡辺美里、
大江千里に岡村靖幸、そしてドリカムを生んだ、
EPICソニーというレーベルの隆盛をなぞりながら、
80年代から90年代にかけての日本ポピュラー音楽史を
俯瞰する客観的な目と、同時代に青春時代を過ごした
著者の主観的な目が交差する。
EPICソニーの設立は78年。
CBSソニーの全額出資により誕生した
このレーベルは、最新の洋楽のビートに
工夫を凝らして日本語を混入させ、
日本の若者たちを魅了する音楽を提供し続けた。
CMとの効果的なタイアップで、
まさに時代を席巻していくと同時に、
日本の若者たちに、洋楽以外にも
カッコいい音楽があるということを知らしめたのだ。
EPICソニー最初のヒットが
ばんばひろふみ「SACHIKO」で、
著者のスージーさんはフォークのカテゴリーに
入りがちなこの曲のなかに、ビリー・ジョエル的な
ポップで都会的なコード進行を読み取り、
編曲を担当した大村雅朗の仕事ぶりを大きく評価する。
この大村さんが果たした役割は大きく、
佐野元春や大沢誉志幸、渡辺美里などの楽曲の
ポピュラリティーに大きく寄与していく。
以降、シャネルズ「ランナウェイ」、
佐野元春「アンジェリーナ」
一風堂「すみれSeptember Love」
大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」
渡辺美里「My Revolution」などなど、
まさに時代を担うヒット曲が目白押しで、
その隆盛は90年初頭のドリカムのブレイクまで続く。
栄華を極めたEPICソニーがなぜ、
ソニーに吸収合併されたかは、本書をひもといてほしいけれど、
日本のポピュラー音楽を変えた
EPICソニーは88年に実質的に消滅する。
そして時代は小室哲哉らが牽引していくわけだけど、
それはまた別の話、というか。
スージーさんは、この短いあいだに、
一気に音楽シーンを変えた
EPICソニーに限りない愛を捧げつつ、
片方で、音楽的に、さらに産業的な分析も行い、
この時代の音楽を知っている人なら
興味が尽きることなく、一気読みすることだろう。
本書のラストに置かれた
佐野元春へのインタビューが素晴らしい。
はっぴいえんどは知的すぎる、
ロックンロールはもっとプリミティブなものだという分析や、
大瀧詠一の「A LONG VACATION」の
ウォール・オブ・サウンドなレコーディングを見て
瞬時にマスターした元春が、
そのわずか92日後に「SOMEDAY」を出せた秘密。
「彼女はデリケート」「Vanity Factory」などを
提供した沢田研二のためにスタジオで仮歌を歌い、
そのスタジオに内田裕也がいたエピソードなど、
見事な深掘りインタビューを堪能する。
でも、本書で最も印象的な箇所は
「はじめに」だったりする。
スージーさんが高校生のとき、1学年上の合唱部の女子の先輩が
ピアノで「SOMEDAY」のメロディを弾いたのを聴いたときの会話。
「その曲、何て曲ですか?」
「佐野元春のSOMEDAYって曲やで。めっちゃいいやろ」
なんとも羨ましい。
きっとその先輩はめっちゃ美人だったんじゃないですか、
と、もしスージーさんに取材することがあったら
そんなゲスな質問をしてみたい。
自分も「SOMEDAY」を初めて聞いたときは、
それはそれはめっちゃ感動したのだけど、
甘酸っぱい思い出なんかありゃせんのです。