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亜熱帯天然色百科

夜市・屋台・餐廰・路地・鐡路・猫etc

金瓜石で猫とまったり @ 新北市瑞芳區

2020-11-30 16:20:00 | レトロ&ノスタルジー
先日8年前の投稿に「「天王川公園 猫」で検索して、こちらのページにお邪魔しました。ハチワレの子猫、もしかしたら私が保護した子かもしれません。 保護したのは、2012/11/24でした。 藤棚近くのベンチの下で、鳴いているところを妻が保護しました。 黒猫ちゃんも、傍にいました。残念ながら、保護して2週間で旅立ってしまいました。FIP、伝染性腹膜炎のドライタイプを発症していました。私達の元に居た日は僅かでしたが、この子との出会いが有って、今は2匹の猫と過ごしています。写真を掲載いただき、有難うございました。大事に、このページを保存しておきます。」とコメントを投稿していただきました。これまでにも岐阜県の池野温泉や米原の忠太郎食堂で掲載から数年後にコメントをいただいています。皆さんの記憶に残る懐かしい光景に少しでもお役立てたなら嬉しい限りです。
さて日本人観光客にもすっかりお馴染みになった九份、今は外国人観光客はいませんが休日には国内観光客で大いに賑わいます。そこで昨日日曜日に姪3號は人混みを避けまったりしようと山を一つ越えた金瓜石へ出かけてきました。
金瓜石祈堂老街 九份からはバスで僅か10分ですが観光客は少なく静かな時間が流れています
昨日は小雨が降っており山間にかかる霧が幻想的な雰囲気を醸し出していました
        カフェで一休み なんともいい感じです

          店内では二匹の猫がお出迎え

ゆったりまったり大好きな猫にも出会え大満足の休日だったようです

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北投文物館で日本文化に触れる @ 北投區幽雅路32號

2019-03-06 14:45:00 | レトロ&ノスタルジー
日本統治時代の建物は青田街・麗水街など台北市内各所に多く残りますが、純日本風の建築物は意外と少なく台北車站東側の逸仙公園内梅屋敷など数軒しか残っていません。その一つが北投温泉街の地獄谷からさらに奥へ入った閑静な路地に佇む北投文物館です。元々は1921年ころに建てられた高級温泉旅館「佳山旅館」として開業し、戦時中には台湾から飛び立っていった特攻隊の休息所になったこともあったそうです。戦後は外交部の施設になったり映画の撮影が行われたりしていましたが1984年に「台湾民芸文物之家」として引き継がれ、その後現在の「北投文物館」に改称されました。内部には台湾民芸品や原住民芸術が収蔵されているとともに、「佳山旅館」時代の日本式大浴場なども残されており原住民族・内外省人の文化に加え台湾に大きな影響を与えた日本文化にも触れられる台湾らしい博物館です。
 山桜の咲く入口 いかにも伊豆あたりの温泉旅館を思わせます

         玄関脇には白石を敷き詰めた小庭

      しっとりと雨に濡れた黒い飛び石が映えます

木の桟を通して観る中庭 黒瓦と漆喰のコントラストが良いですね

畳・床の間・付書院・障子・縁側 台湾にいるのを忘れてしまう空間です

テーマを替えた展示が行われており3月1日からは刺繍展が開催されています
二階の大広間 懐石料理の宴会や華道教室なども行われます

日本統治時代の北投温泉各旅館宿泊費一覧 最高級旅館だったんですね
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臺灣眷村文化園區で台湾の歴史を知る@高雄市左營區明徳新村

2019-01-31 15:28:00 | レトロ&ノスタルジー
以前も紹介しましたが眷村とは軍人村のことで國民党政府が台湾へ逃れた後、大陸の共産党政権と対抗するため軍事力の維持が必要で、軍人の待遇改善を図るため各地に眷村が建設されました。台北市内では再開発でほとんどの眷村が取壊され辛亥路沿いにあった居安新村も消滅してしまいました。大陸から逃れてきた外省人が住んだため内省人との垣根の象徴にもなった眷村ですが、今では台湾の一つ時代を顕す建築物群として再評価されてきています。南部高雄の左營は台湾最大の海軍基地が置かれ大規模な眷村がありました。
            平屋の長屋が立並びます

再現されたリビングルーム 大きなテレビや蓄音機もありますから将官クラスの住居でしょうか
キッチンの様子 初期にはガスが無く七輪で煮炊きしていたようです 洗濯板も懐かしいアイテムです
金たらいには昆明から持ってきたとあります 当時内省人は犬(日本人)が去って豚(國民党軍)が来た、と揶揄しましたが悲哀を感じる金たらいです
眷村内には電影院(映画館)など娯楽施設もありました

           戦後は駐留米軍も住んでいました

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今じゃ台湾でも珍しい麺茶の屋台@金華永康

2017-11-21 16:29:00 | レトロ&ノスタルジー
大阪では、はったい粉と言われる麦焦がし、その他煎り麦や香煎と呼ばれることもありますが日本では落雁の原料として使われる以外、生活水準の向上と共に食されることは少なくなりました。台湾では麦焦がしをお湯で溶いたものを麺茶と呼び、日本と同じくまだ貧しいころには子供のおやつとして与えられていましたが最近ではレトロを売り物にした各地の老街で目にできる程度で台北ではすっかり見ることが出来なくなってしまいました。
忠孝東路の歯科医院に勤務する姪1號は退近時、和平東路の自宅まで永康街を通り歩いて帰宅していますが昨日永康街を南へ下り金華街を越えた辺りで麺茶の屋台を見つけ余りの懐かしさから一杯買求めたそうです。
        古早味とは昔懐かしい味という意味です

小雨の降る中、自転車付きのリヤカーで金華永康にて店開き 竹の皮の帽子が台湾らしくて良いです
  黒ゴマ(芝麻)入り温かい麺茶 台湾の40~50年前の味です

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深坑老街散歩@新北市深坑區

2017-11-03 17:21:00 | レトロ&ノスタルジー
台北南郊の木柵・猫空・深坑は市内から近いにもかかわらず、途中墓地のある山で区切られ市内とは隔絶した地域で以前は外人観光客が訪れるような場所ではありませんでしたが動物園が圓山移転、更に捷運と覧車が開通したことで日本のガイドブックにも必ず乗る有名観光地になりました。深坑も以前は台湾人観光客ばかりでしたが最近は日本人を始め外人観光客で賑わうようになりました。
新店・木柵地区からバスが頻発しています 老街はバス通りの1本中です

          平日でも観光客で賑わう深坑老街

老街裏には景美渓が流れ交通が発達する以前は水運により物資が運ばれていました
            老街の中心部にある集順廟

臭豆腐が苦手なら老街の古い建築物を眺めるだけでも結構楽しめます

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日本時代の駅舎が残る保安車站@臺灣鐡路局縦貫線

2017-09-21 17:26:00 | レトロ&ノスタルジー
台南駅から南へ一駅目、のどかな田園地帯に位置するのが臺鐡保安車站。日本統治時代の1900年に車路墘停車場として開業、その後1909年当時主要荷主だった製糖工場の近くに移転、また1962年村名に合わせた改名が行われましたが開業当初からの駅舎が残る好ましい小駅です。製糖工場への引き込み線もすでに廃止され朝夕通勤通学客が乗降する程度の静かな駅ですが、縁起物好きの台湾人が北へ三つ目の永康車站間の切符を永保安康(生活と健康を長く安穏に保つ)と読み替え人気を集めたことから一躍有名になりました。
日本統治時代の木造駅舎が残ります 駅舎前の案内文によると阿里山の木材が使用されているそうです
               下車用の木製ラッチ 

          跨線橋には往時の写真が飾られています

   月台(ホーム)から見た駅舎 瓦屋根の様子が良く見えます

券売機では軟券の発売ですが永康車站間の切符は硬券が用意されています

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孫文公園@バンクーバーチャイナタウン 2

2017-08-24 15:38:00 | レトロ&ノスタルジー
バンクーバーチャイナタウンの中心に位置するのがDr.Sun Yat-Sen Classical Gardenつまり孫文(孫中山)を記念した中山公園で、Yat-Senは孫文の号の一つ逸仙の英語表記です。チャイナタウンに公園を設けるに当たり台湾・大陸で國父として尊敬される孫文の名を冠したようです。規模としてはさほど広くはありませんが、宗主国の関係から英国風庭園ばかりのバンクーバーで異色の東洋風庭園です。
        カルチャーセンターと公園が併存しています

            入口に建つ孫文の胸像

           東屋と池のある明朝風庭園

公園のコロンビアst側に建つ華人先僑記念碑 中国人のカナダ移住は大陸横断鉄道建設に従事したことに始まります 戦前は日本人も多く住んでいましたが第二次世界大戦中、財産没収・抑留されたことで急激に人数が減少、現在では100万人以上の中華系に対し8万人台半ばだそうです
チャイナタウンの食料品店 この辺り歩道で寝ているホームレスも多くバンクーバーでも治安の悪い一帯と言われますが昼間であれば特に危険はありません

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北米有数の規模とは言うけれど@バンクーバーチャイナタウン 1

2017-08-21 17:27:00 | レトロ&ノスタルジー
北米で有数の規模と言われるバンクーバーのチャイナタウンに行ってきました。確かに神戸や横浜に比べ面積は広く、中心部には中華式庭園の広がる孫文公園もありますが、地価の高いバンクーバー中心部に位置し、近年新たに流入する華人(大陸・台湾・香港etc)はメトロバンクーバー南部のリッチモンド市などに定住しておりチャイナタウンの地盤低下が著しくなっています。とはいえ地元民の買物需要に加え観光客も多く訪れておりそこそこの活気は感じられます。
チャイナタウンへはスカイトレイン(新交通システム)のスタジアムチャイナタウン駅から始まります 
スタジアムとはアメフトチームBCライオンズが本拠地とするドーム型スタジアムを指します バンクーバーオリンピックの際には開会式閉会式で使用されたそうです
         チャイナタウンの西の入口に建つ千禧門

神戸は南京町ですがバンクーバーでは上海横丁が代名詞のようです

保険会社のビル 歴史的建造物に指定されており夜になるとネオンが綺麗で有名です
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捷運で淡水へ 3 @滬尾砲台

2016-07-29 17:01:00 | レトロ&ノスタルジー
淡水へは臺鐡淡水線があるころから数えればおそらく20~30回は行っていると思います。老街・淡江大學・紅毛城・漁人碼頭・八里etc有名所はほぼ行き尽くした感があるので今回は新しくできた一滴水紀念館・雲門舞集シアターと回ってきましたが淡水站方面へ戻るバス停への途中、名前だけは知っていた滬尾砲台の前を通りかかったので中を覗いてみました。
    清仏戦争後台湾防衛のため築かれた滬尾砲台

看板は中国語と英文ですが案内所には日本語パンフも用意されています
初代台湾巡撫劉銘伝の筆による北門鎖鑰の扁額 北門鎖鑰とは北の守りの要という意味です
四周に回廊が続いており中は兵士の宿舎で回廊の上にアームストロング砲が据え付けられていましたが日本統治時代に取り外され溶かされ再利用されてしまったようです
砲台から下ると直ぐに淡水站行きのバスがやって来ました 老街で小腹を満たして台北へ帰ることにします

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菁桐老街・猴硐猫村@臺鐡平渓線沿線

2015-08-30 17:00:00 | レトロ&ノスタルジー
先日紹介した内湾線沿線がそうであったように平渓線沿線も炭鉱や鉱山で栄えた時期があったものの、閉山後は朽ちるがままに放置され観光で訪れるような酔狂な人はほとんどいませんでした。20年ほど前初めて訪ねた時には十份瀑布に僅かに人がいる程度で十份駅前の商店街もほとんどシャッター通りと化しており、菁桐駅前も雑貨屋と八百屋が細々と営業しているのみでした。
地元の子供の小正月の遊びだった天燈が台湾人のみならず日本人観光客に人気になって人が押し寄せ、昼間など降りる人もいなかった猴硐が猫目当ての観光客で駅前が人混みで埋まるなどとは全く想像もできませんでした。
      菁桐駅前は土産物屋ストリートになってしまいました

レトロっぽさを演出するためなら日本のホーロー看板も使います

          一方猴硐は猫村で売り出しました

猫で知名度が高まり廃坑跡の整備を進めたことですっかり観光地になりました

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