スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

JRA賞&第三部定理二七系二証明

2018-01-11 19:25:14 | 中央競馬
 昨年のJRA賞の競走馬部門は9日に発表されました。
                                     
 年度代表馬はキタサンブラック大阪杯,天皇賞(春),天皇賞(秋),有馬記念を優勝。昨年は大レースばかりを6戦して4勝ですから,この馬でいいのではないかと思います。部門別では最優秀4歳以上牡馬でこちらは満票。一昨年も年度代表馬と最優秀4歳以上牡馬に選出されていて,両部門で2年連続の受賞となりました。
 最優秀2歳牡馬はダノンプレミアム。新馬を勝った後,サウジアラビアロイヤルカップと朝日杯フューチュリティステークスを連勝して3戦3勝。昨年から2歳の大レースが増えたので,これまでのように自動的に選出というわけにはいかなくなったと思いますが,この馬は勝ち方も鮮烈で,文句のない受賞でしょう。
 最優秀2歳牝馬はラッキーライラック。新馬を勝った後,アルテミスステークスと阪神ジュベナイルフィリーズを連勝して3戦3勝。牝馬では傑出した戦績で,満票でした。
 最優秀3歳牡馬はレイデオロダービーと神戸新聞杯を勝ちました。年度代表馬のキタサンブラックとは秋に1度だけ対戦して先着しました。3歳牡馬ではトップとみるべきで,当然の受賞と思います。
 最優秀3歳牝馬はソウルスターリング。チューリップ賞とオークスを優勝。秋は古馬の牡馬を相手にレースをして戦果がなかったのでモズカッチャンと票が割れました。ただオークスではライバルを2着に降していますので,こちらでよかったのだろうと思います。一昨年の最優秀2歳牝馬で2年連続の受賞。
 最優秀4歳以上牝馬はヴィブロスドバイターフを勝ちました。この部門の選出が最も難しかったと思いますが,海外で牡馬の強豪を相手に大レースを勝ったということが評価されたもの。確かにこのカテゴリーの馬の中で最も高いパフォーマンスを発揮したのはそのレースのこの馬であったと思います。
 最優秀短距離馬はレッドファルクス。京王杯スプリングカップとスプリンターズステークスを優勝。短距離路線の大レースはすべて異なる馬が勝ちましたが,この馬は4戦のうち1勝して3着が2回ですから,総合成績としては順当といえそうな選出です。
 最優秀ダートホースはゴールドドリームフェブラリーステークスチャンピオンズカップを優勝。JRAでのふたつの大レースを両方勝ったので,JRA賞はこの馬でなければいけないと僕は思います。
 最優秀障害馬はオジュウチョウサン。阪神スプリングジャンプ,中山グランドジャンプ,東京ハイジャンプ,中山大障害と骨折を挟んで4戦して4勝。これは満票でなければならない筈で,該当馬なしに1票が投じられている理由が分かりません。この馬はキタサンブラックのような傑出した馬がいなければ年度代表馬の資格もあったと思います。実際にそちらでも3票を得ていますが,それもひとつの見識として僕は支持します。一昨年も最優秀障害馬に選出されていて2年連続の受賞になりました。

 憐憫commiseratioと憎しみodiumは相反する感情であると僕はいいましたが,これはひとつだけ注意が必要です。そのふたつの感情が相反する感情であるのは,感情を抱く対象が同一である場合に限るのであって,対象が異なっているなら成立しません。少なくとも成立しない場合があります。すなわち,Aに対する憐憫とAに対する憎しみは,同じ人間のうちでは両立し得ない感情です。しかしAに対する憐憫とBに対する憎しみは,同じ人間のうちで両立し得ます。とくに憐憫は,この場合でいえばAに対する感情の模倣affectum imitatio,imitatio affectuumによってその人間のうちに生じる悲しみtristitiaですから,もしAを悲しませる原因がBにあるとその人間が同時に表象するimaginariなら,むしろその人間はBに対する憎しみに駆られるでしょう。よってこの場合はAに対する憐憫とBに対する憎しみは,その人間のうちで積極的に両立するといった方がいいくらいです。スピノザは第四部定理五〇で,憐憫は理性ratioに従う人間すなわち自由の人homo liberにとって悪malumであり無用だといっています。そこには,単に憐憫が悲しみの一種であるということだけでなく,こうした事情も勘案されていると考えることができるでしょう。すなわち憐憫という感情は容易に憐憫を感じる対象とは別の対象に対する憎しみと一体化してしまうのです。つまりその点において単に無用であるというより有害でもあるのです。
 しかし一方で,Aに対する憐憫だけを抽出するなら,この感情はAに対する憎しみすなわちAの排除を誘発するどころか,むしろAとの連帯を導くような受動感情です。そしてこのことに力点を置くなら,確かに憐憫という感情は受動的な人間にとって,他者の排除より他者との連帯を誘発する有益な感情だといえるでしょう。実際,もしある人間がAを憎んでいるなら,第三部定理二三により,その人間はAの悲しみを喜ぶことになります。しかしこのことは第三部定理二七によって憐憫が生じるという仮定に反しています。つまり僕たちは憐憫という悲しみに誘発されている相手のことを憎むことはできないのです。同時にこの説明によって,第三部定理二七系二は証明されています。
 憐憫には排除でなく連帯を強めるさらなる効果があります。
コメント
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