スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

身体の観念&第三部定理五三の適用

2018-01-05 19:20:13 | 哲学
 人間は精神と身体合一した存在existentiaであるというとき,ある人間の精神mens humanaとその人間の身体corpusは同一個体であるということがスピノザの哲学においては重要です。そしてこのことから,一般に思惟の様態cogitandi modiとしてAがあって,その同一個体としてAが思惟以外の様態として存在するなら,思惟の様態としてのAはAの精神といわれ,思惟以外の様態としてのAはAの身体であるといわれなければならないことになります。そして観念ideaというのは必ず何かの観念である,他面からいえば観念には観念対象ideatumが必ず存在するので,もしAの観念が存在するならば,その観念対象としてAが存在しなければなりません。このゆえに精神の一般性とでもいうべき,あらゆるものが精神を有するという,第二部定理一三備考にみられる考え方が出てくるのでした。
                                
 一方でこのことはから逆に,人間の精神とは何であるのかということが帰結します。というのは,精神は思惟の様態であり,第二部公理三により思惟の様態のうち第一のものは観念であるのですから,人間の精神とは何らかの観念である筈です。したがって観念対象があります。そしてその観念対象は,その人間の身体であるのです。したがって,人間の精神とはその人間の身体の観念であるということが導き出されます。それが示されているのが第二部定理一三です。
 人間の精神がその人間の身体の観念であるということは,人間の精神の発生を示すわけではありませんし,本性を示すわけでもありません。よってこの言明は人間の精神の定義Definitioとして相応しいわけではありません。しかし考え方としてはとても特異なもので,スピノザの哲学の特徴のひとつであることは間違いないと思います。
 精神が身体の観念であるということは,すべてのものが精神を有するなら,すべてのものに妥当しなければならないと僕はみなします。よって形相的有esse formaleとしてのAとAの観念が合一しているとみられる限りにおいては,Aの観念をAの精神というように,僕はAが人間でなくてもAをAの身体といいます。

 『こころ』の下五十で,Kの自殺の後処理に追われていた先生は,帰宅した後でKの遺体を目の前にした静の涙を見ます。このときに先生はその涙を見ることによって自分も悲しみtristitiaを感じました。ですがその悲しみは先生に「一滴の潤い」を与えてくれたのだと語っています。先生はそう記述していますが,この潤いは感情affectusとしていえば喜びlaetitiaと解して間違いないでしょう。つまり先生は静の涙を表象するimaginariことによって悲しみを感じたのですが,悲しみを感じている自分を表象することによって今度は喜びを感じたのです。
 この喜びへの変化は,第三部定理五三によって説明することが可能です。この定理Propositioは自分自身ならびに自分の働く力agendi potentiaをより判然と認識するほどここでいわれている喜びは大きくなるといっているので,自分自身ならびに自分の働く力を十全に認識する場合が想定されているわけではありません。明瞭判然というのが十全adaequatumと異なるのは,十全であれば明瞭判然であるけれど,明瞭判然であるからといって十全であるわけではなく,ひどく混乱している観念よりもさほど混乱していない観念は明瞭判然としているといわれる場合があるからであって,したがってより判然とと形容されるなら,それはむしろ混乱した観念idea inadaequataのことを意味していると考えなければならないからです。そして確かに先生は悲しんでいる自分自身を表象したのであって,この限りではこの定理が成立するといえるでしょう。
 ただ,この例をこの定理に適用するなら,一般的に悲しんでいる自分自身を表象するならその人間は喜びを感じるといわなければなりません。これはそれ自体では誤りではないのですが,だからすべての場合で喜びを感じているというのは語弊があります。というのも喜びはより大なる完全性perfectioへの移行transitioで,悲しみはより小なる完全性への移行なので,悲しんでいる自分自身を表象することでより大なる完全性へ移行するにしても,それ以前の悲しみによってそれより小なる完全性へ移行していたなら,全体としてみればその人間は喜んでいるわけではなく悲しんでいるというべきであると僕は考えるからです。なのでこの定理の適用の際には注意が必要といえるでしょう。
コメント
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