スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

理性への過信&不安と憎しみ

2017-05-26 19:13:16 | 哲学
 『行人』の一郎は,知性の失敗を犯したのだと僕は解釈しています。では具体的に知性はどんな失敗を犯すのでしょうか。このことを何回かに分けて探求します。小説の世界の話としてのみ意味をもつのではなくて,現代においてもこれを考えることはとても有意義なことだと思います。
 反知性あるいは非知性に対して知性が犯してしまう失敗の最初の要因になるのは,知性が理性ratioを過信しすぎることだと僕は思います。スピノザはこの点については自覚的でした。『神学・政治論Tractatus Theologico-Politicus』において,理性によって聖書を解釈しようとする立場の人びとのことを,独断論だとして否定したことからそれは窺えます。
                                     
 スピノザは第四部定理三五で,人間は理性の導きによって生活する限り,本性naturaの上で必然的に一致するconvenireといっています。これは事実です。したがってすべての人間が理性に従う限り,人間の間で無用な争いは存在しなくなるでしょう。知性が理性を過信するというのは,このことのうちに安住してしまうことを意味します。たとえば,知性派に属する人間が,理性に従う限りでは万人が一致するのだから,物事を論理的に説明しさえすれば万人がそのことを理解し,それによって万人が論理的いい換えれば合理的な考え方を有し,それに従って行動するであろうと判断するなら,これは理性に対する過信以外の何ものでもありません。確かに論理的必然性というのは「唯一」のものなのであって,万人の間で一致します。しかしだからといって行動の上でも万人が一致することにはならないのです。なぜなら,人間は合理的に理解した事柄に応じて行動するとは限らないからです。他面からいえば,理性的に何事かを理解したとしても,それに従って行動するとは限らないからです。
 したがって,物事の論理を合理的に説明するというだけでは,万人の支持を受けるためには十分ではないのです。ところが理性に従う人間は,自身が理性に従うがためにかえってそれで十分だと思い込んでしまうのです。これが極端に進捗していくと,知性と反知性の間に決定的な亀裂が入ることとなるのです。

 僕たちの力potentiaのうちにないことに対処するときに,僕たちの力のうちにあると確知できることに対処するのと同じように,相反する感情である感情affectusを抑制するという方法を用いると,かえって悪い結果が産出されることがあります。いい換えれば,悲しみtristitiaという悪malumを避けることを中心に据えると,結果としてより大きな悪が齎されてしまう場合があるのです。これは小さな悪を避けるために大きな悪を到来させるわけですから,善悪が比較の上で成り立つという観点からみて悪です。そんなことになるなら小さな悪である悲しみを抑制しない方が善bonumであるということになるでしょう。自分の力のうちにはないことに対処するために理性ratioを用いるのが適切であるというのは,このような消極的な意味も含まれているのです。
 今回の考察の端緒は傘を置き忘れるかもしれないという僕の不安metusでしたから,ここでも不安という感情から始めてみましょう。自分自身の力ではどうにもならないと思えるような事柄に対して不安を感じたとします。そしてその力が,たとえばAという外部のもののうちにあると仮定します。この場合,第三部諸感情の定義一三により不安は悲しみの一種です。そしてこの悲しみがAによって齎されるなら,その悲しみはAという外部のものの観念を伴った悲しみtristitia, concomitante idea cause externaeであるということになります。つまりこれは第三部諸感情の定義七により,Aに対する憎しみodiumという悲しみであるということになります。つまりこの不安に対処するということは,Aに対する憎しみに対処するという意味になります。
 このとき,Aが感情を有さないようなものであれば何も問題はありません。しかしそうであるとは限りません。というのはAが人間であるという場合も,この仮定の上では成立するからです。するとこの人間がこの憎しみの除去だけに対処するなら,第三部部定理四〇によってAはその人間を憎むことになるでしょう。そして第三部定理四三により,憎しみの連鎖だけが継続することになります。こういう関係が事態の悪化だけを招くということは,僕たちがよく経験しているところであると思います。つまり善である筈の小さな悪の除去がより大なる悪を招くのです。
コメント
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